こぞの春とめ来し森の下萌にふたたび来つつ心さびしも
牛通ふ掘割道の夕かげに山ざくら白く散りたまりたり
さくら散る山裾道の夕ぐれを牛曳きて来る少女子あはれ
おしなべて光る若葉となりにけり島山かげに居啼く鶯
渚原かぎろひ高し見はるかす海のおもての春日かがよふ
山の根におのづからなる靄の凝りあはれと思ふ春は暮れにし
春深き曇りとなりぬ今日一日長根の濱の波音きこゆ
さみだれの雨間乏しみ出で来れば袂にさはる草伸びにけり
梅雨ふけの草にうつろふ日の光虫ややに鳴く聲ぞ聞ゆる
しめじめと梅雨のなごりの風吹けり片山道に揺るる紫陽花
深青葉雨をふくめる下かげにひとむら白しあぢさゐの花
月今宵まどかに照れり旅の身のけながくしあれば泪わくらむ
行きかひの雲脚早き九月空をりをりにして雨を落しつ
残暑なほ単衣の肌に汗ばめど磯の木蔭に鳴く蝉もなし
山は暮れて海のおもてに暫らくのうす明りあり遠き 蜩
慌しく蜩鳴けり目のもとに暮れ沈みゆく山の谷あひ
山岨にわづかに残る夕明りさくらの紅葉色映えて見ゆ
たちこむる山のさ霧は深くして杉のしづくのしとしとに落つ
秋しぐれ降りての後に咲きつぐやダアリヤの花小さかりけり
さびしさをいづべにやらむ夕波の五百重の沖に沈む伊豆山
ひややかに洋燈のもとの藥瓶にすいと虫なく夜ふけにけり
雨晴れの土に沁み入る日の光うつらかに聞くこほろぎの聲
やや暫し雲影落ちて暗くなる火口の原を飛ぶ鴉あり