和歌と俳句

正岡子規

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人丸の 後の歌よみは 誰かあらん 征夷大将軍 みなもとの實朝

大山の あぶりの神を 叱りけん 将軍の歌を 讀めばかしこし

路に泣く みなし子を見て 君は詠めり 親もなき子の 母を尋ぬると

はたちあまり 八つの齢を 過ぎざりし 君を思へば 愧ぢ死ぬわれは

世の中に 妙なる君の 歌をおきて あだし歌人 善き歌はあらず

幾百とせ 君の名苔に 埋もれぬ それを想へば いたましきかな嗚呼

君が歌の 清き姿は 漫々と 緑湛ふる 海の底の玉

鎌倉の いくさの君も 惜しけれど 金槐集の 歌の主あはれ

夏の夜の 月の光し 清ければ 加茂の河原に 人つどひけり

遠方に 花火の音の 聞ゆなり 端居に更くる 夏の夜の月

夏の夜の 月をすずしみ ひとり居る 裸に露の 置く思ひあり

浪速津は 家居をしげみ 庭をなみ 涼みする人 屋根の上の月

信濃路や 人の到らぬ 山の上に ひとり涼しき 月を見るかな

庭の内を そぞろありけば 月影に ほのかに見ゆる ひあふぎの花

荒磯邊の 假屋の闇に 涼み居れば 大きなる月 海より出でけり

海照す 月の光の 涼しさに 向ひの島へ 渡らんと思ふ

夏の月の 涼しく照す 舟の中に 氷を噛んで 人二人あり

歸り路の 忍が岡に かゝりけり 梟なける 森の上の月

大君の 御稜威かしこみ 人草 赤人草も うちまじり居り

世の中に 蚤のめをとゝ うたはれて 妹は肥ゆ肥ゆ ふは痩せに痩す

すめらぎの みこのみことの かしこくも 見そなはしたる 玉乗り女

荒れまさる 庭の面に 亂れ伏す 芒がもとの 撫子の花

こゝのたび 盃さして 高砂や この浦舟と うたひ了りぬ

野の川の 流を引きし 庭の池に 菖蒲を植ゑず 河骨を植う