和歌と俳句

吉武月二郎

移り来し家の煙や秋の暮

父祖の墓掃き納めするよき日かな

どの墓もさかりの菊の手向かな

鳴子縄切れたる遠きあたりかな

蓑笠をまとうて雨の魂送り

墓に来て老のあそべる秋日かな

流燈の夜半のあらしとなりにけり

燈籠や仏づとめに子のはべる

萎れたるつまくれなゐの枕花

噴煙にまぎれ去りたる燕かな

枕辺によせある杖や老の

菊秋の旦暮の香や新仏

送り出す仏も秋の影法師

山鳴りに追はれて下る かな

今日の月さいてゐるなり店の先

銀漢やまだ開けてある厩の戸

夕されば山路も の人どほり

きらきらと一と降りしたりの雨

草の戸に晩稲の日波よするなり

高くなりつつ暈をひらきけり

阿蘇つつとはなれてとどまれり

初雁の一棹かかる日空かな

子を置いてなりはひ妻の秋暑かな

帰り来しわぎもが声や秋の暮

こほろぎや米買うて来し小風呂敷

梳るうなじも秋の日焼かな

身にしむや濡れて帰りし妻の袖

子を抱いてわぎも見に出ぬ秋の暮

秋風や先の消えたる影法師

七夕や一と降りしたる四方の藍

ただ一人少年墓を拝みけり

只一つある子の墓にまゐりけり

松の間に秋の揚羽のかすみつつ

秋立つや青柿ぬるる窓のさき

山雲や御霊送りの火をうつす

秋風やうしろ影ひく火口径

火山寺の鉦守る秋の沙弥一人

居別れて病の子守る虫の秋

身にしむやみとりしなれて貧し妻

粥鍋のこほろぎ追ひて食べにけり

泣く虫の名など訊ねて寝入りけり

はろばろと来て山高き月見かな

なぐさめの人来ずなりし夜長かな

遠くして濤のきこゆる秋の径

ふかみゆく秋の詣で着古りにけり

掌にのせて木の実の艶を思ふかな

地うるむ朝空ふかし鰯雲

秋の虹夕べの地をはなれけり