和歌と俳句

木村蕪城

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濯女に温泉湧きあふれて氷る

氷るの温泉おつるところ舟囲ふ

氷上にとぼしき蜆掻きあげぬ

ふりあぐる斧のきらめき氷上に

街空に氷れるの線がある

うちつけに氷上叩く雨となりぬ

人遠し雪の信濃にわれ病めば

草摘みし疲れいささか仏の日

くらがりへ教師消え去る夜学かな

花の昼恵那の古町水を打つ

激つ瀬にうつぶし獲たる山女魚かな

山女魚焼いて少年われにかしづける

夏炉燃え仏の華にさるをがせ

ほととぎす飯強々と炊ぐ媼

借りて乗る田植よごれの自転車に

みちのべや早苗おかれしあと濡れて

簷低し林檎の花の月夜なる

旅にして糸取る音に目覚めたる

町暗し夏帽子売る店の灯も

矢矧橋渡りて祭びととなる

一片の氷ふくみし頬に西日

もの深く人声のする祭宿

草の上おきし団扇の色浮かみ

山川に痩身透けて泳ぐなり

夕河鹿乙女これより泳がんとす

晩夏起居鈴蘭の実を挿しなどす

大旱鈴蘭は実を結びゐる

業火免がれ暁けの魂棚灯る家

トマトなほ累々と青し鰯雲

うつそみの懐炉抱きて墓をがむ

秋雨や搬入の絵に簔をかけ

湯の谿に葡萄紅葉の下に鳴る

せんぶりの花も紫高嶺晴

稲架に沿ひふるさとびとと行違ふ

高稲架蔭に家あり墓もあり

蜑が炉火八大龍王いぶらしむ

冬海のかなた日当る八束郡

ふるさとや屏風へだてて舸子と寝る

みほとけに一盞献ず除夜の燭

厩の灯道にさしゐる夜の雪

冬磧越えて物日の町に出づ

氷上に漁る父に使の子

厨房に温泉迸り湖氷る

氷上に一塊の氷あり憩ふ

踏みこみし萱のほとりの雪深く

榾明りおのが箱膳はこぶ子に

天龍のひびける闇の凍豆腐

春雪を敷きてあかるし伊那の谷

明日のもの凍てて自在にかかりをり

雛をさめ炬燵の上の筆硯

梅寒し焚火うち消す水白う

畑の梅そちこし白し恵那曇る