和歌と俳句

飯田蛇笏

心像

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祝聖の灯に靄だちて大旦

かけろ鳴く田子のおきふし三ケ日

家建てて新墾の夫婦松かざり

初富士や樹海の雲に青鷹

午後ぬくく酪農の娘が羽子あそび

庭竈菩薩嶺かすむけしきかな

山の雲ぬくとくもあらむ初子の日

富士の下嶺々むらさきに弥生かな

夕昏れて紅梅ことにさけるみゆ

月光に花梅の紅触るるらし

御嶽の雲に真つ赤なおそ椿

鵜の嶋ややまつばきさく雨の中

藁しきて三日月仄かいちご咲く

いちご咲く熔岩うつ雨のつぶてかな

ましろにぞをとめがてどるかがみもち

茱萸さいて穂高嶺あをき雲閧ゥな

大瀧の仰ぎてくらき五月雨

雲はうて梅雨あけの嶺遠からぬ

樹海出て青草の香や夏嵐

朝日さすすだれの外の岩清水

苔さいて雨ふる山井澄みにけり

乳房たる母の香あまき薄暑かな

藻の花に雨やむ楡のしづくかな

烈日に雲むらたちてホップ咲く

夏至の雨娘ひとり舟をただよはす

ほたる火や馬鈴薯の花ぬるる夜を

国葬の夜を厨房のほたるかご

ほたる火のくぐりこぼるる八重むぐら

甘藍の玉つきそめて郭公啼く

高原の雷おとろふる草明り

涼あらた畦こす水の浮藻草

野鳥より瀬のうろくづに初嵐

秋の風陽を吹きはやめみゆるかな

山かけてながるるあきつ蕎麦の空

猿あそぶ嶽の秋雲消えゆけり

新月の環のりんりんとつゆしげき

鹿苑の新月を追ひ水にそひ

新月に詩聖ゆくよりつゆのおと

桐一葉月光むせぶごとくなり

いわし雲小諸の旅をこころざす

土われてべにあかこえる藷畠

いもやけて畑火の午天瑠璃ふかし

日輪二時高嶺の瀧の氷りけり

渓涸れて岸べ日和や雑木立

やまどりの跡うす雪に山帰来

古茶の木ちるさかりとてあらざりき

はせを忌をこころに修す深山住

しぐれ忌の燈をそのままにまくらもと

桃青忌夜を人の香のうすれけり