和歌と俳句

飯田蛇笏

心像

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狷介の顔を窗邊に花ふぶき

咲いて風の日輪たかかりき

はなびらのぬるるしどみに風吹けり

焼け塚に木瓜さく土のなだれけり

さきさかるつばきの紅のややくらき

北冥く漁港彎りてつばき咲く

終戦のをかなしき小夜の曲

荼毘ついで濃くなるばかり秋の闇

露晴るるほすすきの金ただにゆれ

秋風の吹く渓流をわたりけり

柑園の家禽にふかまりぬ

雪をゆく二押し三押し猫車

書庫さむうふみ通ふより茶梅咲く

雪片のはげしく焦土夜に入る

詣でたる新墓の前光る

隠棲の藪木の啄木にゆきぐもり

後山の月甍のごとし初昔

つむ帷子雪のふまれけり

うすかすむ嶺々の全貌を前

おもかげを墓前にしのぶかすみかな

あまぐもはしろし詩文に冴返る

奥峰のたちかさなりて暮の春

兒をだいて髪を小詰めに花日和

山風の吹きおとろふる梅月夜

夕焼けて巌をめぐる鮠の水

萱草の芽に雨しみる田径かな

春耕の子をいたはりて妻老いぬ

豌豆の花のいちいちあからさま

窗の樹やたかだかと濃むらさき

枯山をほとばしる瀬のねこやなぎ

わが影す野渡昼ふかきねこやなぎ

花びらの肉やはらかに落椿

西霽れて窗の木がくれ白椿

風にゆれ藤をまとひて山つばき

地の靄に花は疎なりき枝垂れ桃

花桃の蕋をあらはに真昼時

柑園をかくゆきぬけ咲けり

雲遠き塔に上りて春惜しむ

春ゆくや大堰の水にはやて吹く

醍醐より夜をとふ僧や花の冷え

春くるる供花は黄なりき小督塚

さきがけて初夏の山草花は黄に

白牡丹萼をあらはにくづれけり

合歓さける森の下草刈られけり

とらへたるひかり手をすくほたるかな

きりさめにほたる火しづむやへむぐら

かりかごのぬれ草にゐる初ほたる

てうつしにひかりつめたきほたるかな

ほたるかごまくらべにしてしんのやみ

雨気こめて宵闇の蒸すほたる川