和歌と俳句

下村槐太

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錯落と流れてゆくやかいつぶり

涸川の大禍時や渉る

水はつて大きかりける茎の桶

桃青忌朱硯ひとつ欲しと思ふ

寒燈にやがては帰りゆく友か

金屏に惜みなき火のうつりつつ

山川の底にうつれる焚火かな

葉牡丹のそらざまの葉の濃紫

雪達磨青空ひろくなりきたる

ひとすぢの草のみどりや鶏乳む

ぬるむ水添水にいたり澄みにけり

春水の筧に入りて音すなり

忽ちに尾がしら焦ぐる目刺かな

電柱に木耳生えぬ森の中

松風の吹いてをれども灼けてけり

帰省子と書物往来ありにけり

草木のむしむしすなり蟻の変

直土の色改り蟻の変

雷のとどろとどろと蟻の変

ぱらぱらと荊を落ちて蟻の変

をちかたへ降りたる雨や蟻の変

ぬくめしをたべてわするる寝冷かな

花つけし黄楊の籬や踰えにけり

胸広に立たしたまへり甘茶仏

釈迦生れぬ浄飯王は朱の椅子に

春信のいたるところにさかり

南風のたびたび反す草を見る

籠蛍草よろこばずなりにけり

火の車天駈りをり箒草

白服の人甘苧の花を折る

榧の樹を涼しがりつつみな憩ふ

旅びとを濡らせる雨に濃竜胆

空海があるける道の秋惜む

ガラス戸は外がしづかで足焙

猫の子に障子のうちもよき日和

歩をとどめとどめてに能役者

蝌蚪緑く足がうまれて游ぐなり

四月馬鹿のんしやらんすの咄せり

斑猫のをしへはじめし花のみち

木苺の素直なる花と牛さびし

摘草や遺作展覧会のひま

機関車のあけくれ苜蓿の雨

磔像へ蜂ゆきかよひ夏となる

ソーダ水北浜の月黄なる夜の