和歌と俳句

下村槐太

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初夜の雁四五日の穹澄みにけり

秋浪のうすき渚が雨の中

藷の蔓羅漢を指してゆれてをり

幼巫女紅して月を待てるかも

旗雲のもなかを月のすすみをり

大蟻の望のひかりをあそびけり

藁塚や水煙星をフげそむ

女学生うつしみ匂ふ照葉かな

礼すれば釈迦三尊に暮の秋

澄むと言ひて宝珠露盤を仰ぎけり

絵殿の絵脳裡を去らずしぐれけり

神渡し馬の薬を日日煎ず

つぶやきて人のかへりし枯葎

座を起つて見る星青き年忘

息白く松の木はわれ好きなりし

あまり青き冬菜の畑に歩み入る

女人咳きわれ咳きつれてゆかりなし

凍きびし牛の飼葉に篠まじる

氷はる慈姑の藍に驚きぬ

著綿を持て来と言ふもしづごころ

蛇の髭の実や甃坂に杖曳けば

冬眠の蝸牛やこぼれ竜の髭

悴めるすがたに牛を曳き去りぬ

昼となく夜となく立ちて寒念仏

を切るうしろに廊下つづきけり

枕木の駅に到りて残る雪

白樺の中なる宿の春火燵

目刺やいてそのあとの火気絶えてある

行人裡ゆきて彼岸だなとおもふ

崖ぬれてさかんに出づる地虫かな

雨みんな砂にすはるる木の芽どき

崖したのさみしき花下の跪坐家族

鉄塔があやつるの数知れず

松の蕊硝子戸みがきたる日かな

らちもなき春ゆふぐれの古刹出づ

すでに春のゆふぐれのそを告ぐる鐘

曳きなやむ春ゆふぐれの坂の馬

切岸にけふも馬立つ春惜む

行春の落ちある銭を踰えとほる

陋巷のわが家が産屋十二月

産髪に初日いただかさんと出づ

初風呂へ産子をつつむましろにぞ

父母やよりそひ寒夜乳をのます

北風の夜やほとほと熱き襁褓籠

濯ぎゐて寒の旭の有難し

吾子われの顔わかりそめ春の雪

子を抱いて出しが片手に梅を購ふ

子を抱けりちりめんざこをたべこぼし

抱いてゆく子のねむりそめ落花かな