和歌と俳句

中村草田男

美田

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

負犬去れば眼をしばたたき枯野犬

鳥語解せず早春勤勉自誓せる

この乱世に読めば春愁「報恩記」

三日月やものより逃ぐる祷りならず

畳店青き香に満ち七五三

初雲雀けふ歩き居る開拓者

春景を見廻はしあひつつ子を語る

つくづくし筆一本の遅筆の父

桃の花窓から粉が飛ぶ製粉所

黒雲から黒鮮かに初燕

己を突如見つけし声に揚雲雀

女の学校紅旗かかげて花茨

女の一語男等よろこぶ山桜

都の空をたまの群鴉やおそざくら

髪の奥から奥からの妻の汗

揺れつつ海へ伸びゆく道や子供の日

子供の日竜骨の間を縫ひ遊ぶ

葭切高音釘打つ音も拍手も

薄暑街頭鶏卵砕け人心乾きたり

亀へ落花神居る頂上は暗からん

春陰や木彫の竜もその雲も

水田の夫婦抜足の辺に差足して

水と油あらがふしばし梅雨の床

一像梅雨に濡れゆく次第人さながら

航つづく早滝遅滝海へ墜ち