和歌と俳句

種田山頭火

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若葉銀杏がすくすくと伸びて雲もなし

壁の明るさはそれぞれの影落したれ

若葉そよがず葬の鉦ひびくなり

窓の灯はみな消えて若葉そよげり

アカシヤに凭ればうなだるる花のつかれかな

春蝉が鳴きかはしては水の音かな

若葉深う子等の蠅飛び暮れにけり

雨三日晴るべうを牡丹ゆらぐかな

巨巌裂け裂目より杜鵑花咲きいでたり

活けられしまま開く芍薬に日影這へり

露草ほのとうなだれてあり海鳴る夕べ

蛙田の夕明り一樹しづかな影を

燕来ては並びもあへず風に散るかな

大蜘蛛しづかに網張れり朝焼の中

海は湛へて暮れ残る蝉いらだたし

風の中を陽にむいて揺るる枝蛙

蛙ゆたかにたそがるる畦豆の芽よ

蛙夕べ捨猫が蹲まり鳴くよ

壺の底の魚じつと梅雨雫垂る

山は街は梅雨晴るる海のささ濁り

啼きほそる鳥あり尾花そよぎ暮る

露草咲けりほの白みゆく海よりの風に

松は動かず根草の奥のきりぎりすかな

三日月ほのと名も知らぬ花のゆらぎをる

松虫鈴虫水の音夜もすがらたえず

畔松むざと倒されてのそよぎかな

泳ぎ騒ぎ去にしより雲の峰くづる

雲うつつなく山のまろさを青葉深し

日は落つれ草踏みゆけば月草の咲く

湛ふ水に沈丁花醒めて香を吐けり

草の中の石のつめたさ黒とんぼ澄む

地虫いつしか鳴きやみて鶏頭燃ゆるなり

煙管たたけば寂しき音と火鉢撫づ

眠らざりし霜旦我の弱き知る

思ひふと沈みゆく足袋も揺るる影

稀な湯心地肌撫でて寒の空仰ぐ

傾ける陽の前を群れて飛ぶ蜻蛉

稲は刈られて黒土のほとり踏みたけれ

列なして読む児等に若葉濃けれ

松虫よ鈴虫よ闇の深さかな

レール果てなく百舌鳥のみが鋭し