和歌と俳句

山口誓子

青銅

茫々と悲しき視界枯蘆原

刈りて横たへ枯蘆のこの長さ

芸事は寒し祇園の畳にて

春の日を歩く良寛バス追ひ越す

御風遺居生活なせる春の昼

放送のモスクワ近し春の夜半

一力の塗籠鎖して大石忌

放蕩の良雄の画像忌に掛かる

大石忌菜飯田楽とは悲し

忌に舞へる八千代酔うたる良雄にて

大石忌酒盃ともなる舞扇

毛氈のめくれを正す大石忌

けふの忌に良雄の笑ひ声もする

一本の縷となり霞む信濃川

雪解けて黒き宝永噴火山

両岸に脹れて雪解川流る

雪解川家持のその川渡る

雪解けて乾きし越の地の表

太陽が雪解の海に光当つ

領海の外へ出でゆく雪濁り

真宗の国にて野火の昼ながら

菅笠の農婦の母と新入生

雪嶺の尾根が陥ち来て親不知

椿咲く崖を下り来て親不知

天険に椿礫を鳴らす浪

南無冬の浪の難所に女濡れ

手離して進み進ます耕耘機

天耕の峰に達して峰を越す

裏返しあり禅寺の荒鋤田

太陽へおほよその向き海苔の簀は

花の上北十字星十字切る

藤咲きて離宮に擬ふ竹の縁

鯉集ふ藤の落花を食べんとて

濃き墓の曙覧のために摘む

山窪は蜜柑の花の匂ひ壺

沖合に香を張り出せる花蜜柑