和歌と俳句

新古今和歌集

釈教

太皇太后宮小侍従
色にのみ染みし心の悔しきは空しと説ける法のうれしさ

寂蓮法師
むらさきのくもぢに誘ふ琴の音にうき世をはらふ峯の松風

寂蓮法師
これやこのうき世のほかの春ならむ花のとぼそのあけぼのの空

寂蓮法師
春秋もかぎらぬ花に置く露はおくれさきだつ恨みやはある

寂蓮法師
立ちかへり苦しき海に置く網も深きえにこそ心引くらめ

前大僧正慈円
いづくにもわが法ならぬ法やあると空吹く風に問へど答へぬ

前大僧正慈円
思ふなようき世の中を出で果てて宿る奥にも宿はありけり

前大僧正慈円
鷲の山今日きく法の道ならでかへらぬ宿に行く人ぞなき

前大僧正慈円
おしなべて虚しき空と思ひしに藤咲きぬれば紫の雲

崇徳院御歌
おしなべてうき身はさこそなるみ潟満ち干る汐の変はるのみかは

崇徳院御歌
朝日さす峯のつづきは芽ぐめどもまだ霜深し谷のかげ草

入道前関白太政大臣兼実
底清くこころの水を澄まさずはいかが悟りの蓮をも見む

正三位経家
さらずとて幾世もあらじいざやさは法にかへつる命と思はむ

寂蓮法師
深き夜の窓うつ雨に音せぬはうき世をのきのしのぶなりけり

前大僧正慈円
いにしへの鹿鳴く野邊のいほりにも心の月はくもらざりけむ

寂然法師
みちのべの蛍ばかりをしるべにてひとりぞ出づる夕闇の空

寂然法師
雲はれて虚しき空に澄みながらうき世の中をめぐる月影

寂然法師
吹く風に花たちばなや匂ふらむ昔おぼゆる今日の庭かな

寂然法師
闇深き木のもとごとに契り置きて朝立つ霧のあとの露けさ

寂然法師
今日過ぎぬ命もしかとおどろかす入相の鐘の聲ぞかなしき