和歌と俳句

若山牧水

前のページ<<

舌つづみ うてばあめつち ゆるご出づ をかしや瞳 はや酔ひしかも

とろとろと 琥珀の清水 津の国の 銘酒白鶴 瓶あふれ出る

灯ともせば むしろみどりに 見ゆる水 酒と申すを 君斷えず酌ぐ

くるくるE 天地めぐる よき顔も 白の瓶子も 酔ひ舞へる身も

渇きはて 咽喉は灰めく 酔ざめに 前髪の子が むく林檎かな

酒の毒 しびれわたりし はらわたに あなここちよや 沁む秋の風

石ころを 蹴り蹴りありく 秋の街 落日黄なり 酔醒めの眼に

山の白昼 われをめぐれる 秋の樹の 不断の風に 海の青憶ふ

琴弾くか 春ゆくほどに もの言はぬ くせつきそめし 夕ぐれの人

春の夜の 月のあはきに 厨の戸 誰が開けすてし 灯のながれたる

月つひに 吸はれぬ暁の 蒼穹の 青きに海の 音とほく鳴る

窓ひとつ 朧ろの空へ 灯をながす 大河沿の 春の夜の街

鐘鳴り出づ 落日のまへの 擾乱の やや沈みゆく 街のかなたへ

仁和寺の 松の木の間を ふと思ふ うらみつかれし 春の夕ぐれ

朝の室 夢のぎれの 落ち散れる さまにちり入る 山ざくらかな

君見ませ 泣きそぼたれて 春の夜の 更けゆくさまを 真黒き樹々を

一葉だに 揺れず大樹は 夕ぐれの わが泣く窓に 押しせまり立つ

燐枝すりぬ 海のなぎさに 倦み光る 昼の日のもと 青き魚焼く

秋の海 阿蘇の火見ゆと 旅人は 帆かげにつどふ 浪死せる夜を

油尽きぬ されども消えず 青白き 灯のもゆる見よ 寝ざめし人よ

昼の街 葬式ぞゆく 鉦濁る その列形に うごめく塵埃