和歌と俳句

若山牧水

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眼のまへの たばこの煙 消ゆるとき またかなしみは 続かむとする

けふもまた 独りこもれば ゆふまぐれ いつかさびしく 点る電灯

売り棄てし 銀の時計を おもひ出づ 木がらし赤く 照りかへす部屋

思ひうみ ふところ手して わが行けば 街のどよみは 死の海に似る

ゆふぐれの 風にしのびて 匂ひ来ぬ 隣家の庭の 落葉のけむり

ひもすがら 火鉢かこみて ゆぶさきは 灰によごれぬ 庭に吹く風

雪ふれり 暗きこころの 片かはに ひのあかりさし ものうきゆふべ

筆とめて 地震の終るを 待つ時の らんぷの前の われの秋の夜

わが部屋に 朝日さす間は なにごとも 身になおこりそ 日向ぼこする

日向ぼこ ねむり入らむと するころの わが背のかたに 散りくる落葉

日向ぼこ 酒禁められて 衰へし われの身体が 日に酔へるかな

日向ぼこ 出勤前の 友もまた わが背まくらに うとうととする

日向ぼこ 枕もとなる うすいろの 瓶のくすりに 日の匂ふかな

たべのこしし 飯つぶまけば うちつどふ 雀の子らと 日向ぼこする

つらかりし もののおもひで なつかしく なりゆくころも うらさびしけれ

蝙蝠に 似むとわれへば わが暗き かほの蝙蝠に 見ゆるゆふぐれ

ただひとり 離れて島に 居るごとき こころ暫く うごかぬゆふべ

ゆふまぐれ 赤いんきもて わが歌を なほしてゐしが 酒の飲みたや

ほんのりと 酒の飲みたく なるころの たそがれがたの 身のあぢきなさ

ややすこし 遅れて湯より 出るひとを 待つ身かなしき 上草履かな