和歌と俳句

若山牧水

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

うれひつつ 歩めば赤き 上靴の しづかに鳴れり 二階のゆふべ

身も投げつ こころもなげつ ものをおもふ ゆふべかへさの 電車の隅に

夕まぐれ 酒の匂ふに ひしひしと むくろに似たる 骨ひびき出づ

沈丁花 青くかをれり すさみゆく 若きいのちのなつかしきゆふべ

われ歌を うたひくらして 死にゆかむ 死にゆかむとぞ 涙を流す

なほ耐ふる われの身体を つらにくみ 骨もとけよと 酒をむさぼる

あな寂し 酒のしづくを 火に落せ この薄暮の 部屋匂はせむ

酒のため われ若うして 死にもせば 友よいかにか あはれならまし

帰りくれば わが下宿屋の ゆふぐれの 長き二階に 灯のかげもなし

書き終へし この消息も あとを追ひ さびsき心 しきりにおこる

光線の ごとく明るく こまやかに こころ衰へ 人を厭へり

蹌踉と 街をあゆめば 大ぞらの 闇のそこひに 春の月出づ

ひとつ飲めば はやくも紅く 染まる頬の 友もまが眼に さびしかりけり

歯を痛み 泣けば背負ひて わが母は 峡の小川に 魚を釣りにき

父おほく 家に在らざり 夕されば はやく戸を閉し 母と寝にける

ふるさとは 山のおくなる 山なりき うら若き母の 乳にすがりき

ふるさとの 山の五月の 杉の木に 斧振る友の おもかげの見ゆ

おもひやる かのうす青き 峡のおくに われのうまれし 朝のさびしさ

親も見じ 姉もいとはし ふるさとに ただ檳榔樹を 見にかへりたや

衰へて ひとの来るべき 野にあらず 少女等群れて 摘草をする

めづらかに 野に出で来れば いちはやく 日光に酔ひ つかれはてける

つみ草の そのうしろかげ むらさきの 匂へる衣の かなしかりけり

梢あをむ 木蔭にすわり つみ草の とほき少女を 見やるさびしさ

かの星に 人の棲むとは まことにや 晴れたる空の 寂し暮れゆく