和歌と俳句

若山牧水

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ふるさとの 浜に寄るなる 白波の 絵葉書をもて かへり来よとふ

衰ふる 夏のあはれと なげやりの こころのすゑと 相対ふかな

影さへも あるかなきかに うちひそみ わがいのちいま 秋を迎ふる

君住まず なりしみやこの 晩夏の 市街の電車に けふも我が乗る

蝉とりの 児等にをりをり 行き逢ひぬ 秋のはじめの 風明き町

をみなへし をみなへし汝を うちみれば さやかに秋に 身のひたるかな

青やかに 夜のふけゆけば をちかたに 松虫きこゆ 馬追も啼く

虫なけば やめばこころの とりどりに あはれなること しげきよひかな

洪水に あまたの人の 死にしこと かかはりもなし ものおもひする

名も知らぬ 山のふもと辺 過ぎむとし 秋草の花を 摘みめぐるかな

朴の木に 秋の風吹く 白樺に 秋かぜぞふく 山をあゆめば

城あとの 落葉に似たる 公園に 入る旅人の 夏帽子かな

秋風や 松の林の 出はづれに 青アカシヤの 実が吹かれ居る

秋晴の ふもとをしろき 雲ゆけり 風の浅間の 寂しくあるかな

秋かぜの 吹きしく山辺 夕日さし 白樺のみき 雪のごときかな

浅間山 山鳴きこゆ わがあぐる 瞳のおもさ 海にかも似む

わがごころ 寂しき骸を 残しつつ 高嶺の雲に 行きてあそべる

なにごとも 思ふべきなし 秋風の 黄なる山辺に 胡桃をあさる

胡桃とり つかれて草に 寝てあれば 赤とんぼ等が 来てものをいふ