和歌と俳句

釈迢空

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

啼き倦みて 声やめぬらし。鴉の止へる木は、おぼろになれり

山の霧いや明りつつ 鴉の 唯ひと声は、大きかりけり

鴉棲る梢 わかれずなりにけり。山の夜霧はあかるけれども

さ夜ふけと 風はおだやむ。麓べの沢のかや原そよぎつつ聞ゆ

山中は 月のおも昏くなりにけり。四方のいきもの 絶えにけらしも

山深きあかとき闇や。火をすりて、片時見えしわが立ち処かも

夕かげのあかりにうかぶ土の色。ほのかに 靄は這ひにけるかも

ほのぼのと 道はをぐらし。土ぼこり踏みしづめつつ われは来にけり

青々と 山の梢のまだ昏れず。遠きこだまは、岩たたくらし

はたごの土間に 餌をかふつばくらめの 声ひそけさや。人はおとせず

をとめ一人 まびろき土間に立つならし。くらき声にて、宿せむと言ふ

大正12年

あまつ日の み冬来向ふ色さびし。わが大君はものを思へり

霜月の 日よりなごみの あまりにも寂けき空の したおぼほしも

うちわたす 大茅原となりにけり。茅の葉光る暑き風かも

鳥の声 遥かなるかも。山腹の午後の日ざしは、旅を倦ましむ

高く来て、音なき霧のうごき見つ。木むらにひびく われのしはぶき

篶深き山沢遠き見おろしに、轆轤音して、家ちひさくあり

沢なかの木地屋の家にゆくわれの ひそけき歩みは 誰知らめやも

山々をわたりて、人は老いにけり。山のさびしさを われに聞かせつ

夏やけの苗木の杉の、あかあかと つづく峰の上ゆ わがくだり来つ