木下利玄

み寺の甍のうしろに立てる峰仰ぐにさやけき茅萱の光

戦死者の墓はもかなり古りにけり赤い夕陽に曼珠沙華咲き

土にまで矮樹のしげみ突き穿ち硬き木の實の真直に落ち来

山の宿夕冷えきびし湯に入れば手足にしみてあたたまりくる

ちぎれ雲走りつくして夕空にとよはた雲のしづかにたかし

大山の峰の木原を遠入日あかくそめゐてきざす夕冷え

大山の木原の上に星さえて夜さむ嵐のさわがしきかも

大山の弥山に雲はたたなはりあかつき起きのさむくすがしも

峯ごしに雲はしりしが昼すぎて木原に霧のおもくしふれし

山の霧しばらくふれり木原には雫の音のきこえそめつも

霧雨のおもくし降れば山社板屋根くろく雫してをり

霧の雨山の社のひろ前の苔生にしづみひかりゐるかな

朝の冷え未だも退かず裾さむし花屋の土間を占むる菊の香

晩秋の日の入りあとの夕あかり松の色今冴え冴え青し

崖下の朝凪浦にむかふ村屋根の瓦に日ややたけたり

朝なぎの蒼き潮は涯もなし水平線のたかきことかも

秋半ば稀なる凪ぎの日うららに渡り鳥見ゆ磯崎のうへ

舟は沖へうねりは磯へ空の下に行きちがひ行きちがひ浦わ漕ぎ出づ

昼たけて舟にひらける弁当の握飯真白に日の光りあり

遠くあそびしみじみかへる夕冷えに淡色さゆるみちのべ野菊

暮れてゆく道の底びえ目あぐれば月はみ空にあかるみゐたり

さむざむと暮れゆく道を猶あゆみ光りそめたる月を見るかな

山道はさむくさみしくつきかかり冬木の枝のまみにつれなき

月あかるく白き往還山にかかり敷ける冬木のかげ凍みてをり

障子の灯ぼんやりあかし戸外にはいたく冴えたる月のするどさ

和歌と俳句