和歌と俳句

源 実朝

消えなまし 今朝たづねずば 山城の 人こぬ宿の 道芝の露

なでしこの 花におきゐる 朝露の たまさかにだに 心へだつな

わが恋は 夏の野のすすき しげけれど 穂にしあらねば 訪ふ人もなし

いまさらに なにをかしのぶ 花薄 穂にいでし秋も 誰ならなくに

待つ人は 来ぬものゆゑに 花薄 穂にいでてねたき 恋もするかな

小笹原 置く露さむみ 秋されば まつむしのねに なかぬ夜ぞなき

待つ宵の 更け行くだにも あるものを 月さへあやな かたぶきにけり

待てとしも 頼めぬ山も 月はいでぬ いひしばかりの 夕暮の空

數ならぬ 身はうきくもの よそながら あはれとぞおもふ 秋の夜の月

月影も さやには見えず かきくらす 心の闇の はれしやらねば

わが袖に おぼえず月ぞ やどりける とふ人あらば いかがこたへむ

うはのそらに 見しおもかげを 思ひいでて 月になれにし 秋ぞ恋しき

逢ふことを くもゐのよそに 行く雁の 遠ざかれはや こゑもきこえぬ

こぬとしも 頼めぬうはの そらにだに 秋風ふけば 雁は来にけり

今来むと 頼めし人は 見えなくに 秋風さむみ 雁は来にけり

しのびあまり 恋ひしきときは 天の原 そらとぶ雁の ねになきぬべし

あまごろも たみののしまに 鳴くたづの こゑききしより わすれかねつつ

難波潟 浦より遠に 鳴くたづの よそにききつつ 恋ひやわたらむ

人しれず おもへばくるし 武隈の まつとはまたじ まてばすべなし

わが恋は みやまの松に はふ蔦の しげきを人の とはずぞありける