和歌と俳句

古今和歌集

恋歌一

駿河なるたごの浦浪たたぬ日はあれども君を恋ひぬ日はなし

夕月夜さすやをかべの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな

あしひきの山した水の木隠れてたぎつ心をせきぞかねつる

吉野河いはきりとほし行く水の音にはたてじ恋ひは死ぬとも

たぎつ瀬のなかにも淀はありてふをなどわが恋ひの淵瀬ともなき

山高み下ゆく水の下にのみ流れてこひむ恋ひは死ぬとも

思ひいづるときはの山の岩躑躅いはねばこそあれ恋ひしきものを

人しれず思へばくるし紅のすゑつむ花の色にいでなむ

秋の野の尾花にまじりさく花の色にやこひむ逢ふよしをなみ

わがそのの梅のほつえにの音になきぬべき恋もするかな

あしひきの山郭公わがごとや君に恋ひつついねがてにする

夏なれば宿にふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ

恋せじと御手洗河にせしみそき神はうけずぞなりにけらしも

あはれてふことだになくば何をかは恋のみたれの束ね緒にせむ

思ふには忍ぶることぞ負けにける色にはいでじと思ひしものを

わがこひを人しるらめやしきたへの枕のみこそ知らば知るらめ

浅茅生の小野の篠原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに

人しれぬ思ひやなぞと葦垣のまぢかけれども逢ふよしのなき

思ふとも恋ふとも逢はむものなれや結ふ手もたゆく解くる下紐

いでわれを人なとがめそ大舟のゆたのたゆたに物思ふころぞ