TopNovel願わくば・扉>願わくば、恋視線・7



       

     

 今は何かと物騒な世の中。

 ウチの園では防犯対策のために、夜間でも各階の廊下の電気は一番小さなものを点灯させている。園庭に面する窓がふわりとした光を放っている建物を遠くから見ると、どこかの星の要塞みたい。子供の頃見ていたSFアニメを思い出しちゃう。

  まあ、いくらほの明るいとは言っても。人気の消えた夜の園舎って、昼間とは全く違う感じ。階段を上がる自分の足音が妙に大きく響いて、後ろから誰かが追いかけてきてるような気がしちゃう。

  おやつを終えた3時過ぎから、ぽつぽつとお迎えの保護者の方が見える。その大体は留守を預かるお祖父ちゃんお祖母ちゃんね、そうじゃなかったら自営業の方とか。4時半を過ぎると教室に残っている子供たちは手荷物をまとめて廊下に整列。その後、年少組以上の全ての子たちが2階の2歳児クラスに合流する。
  さらに6時を越えると早朝保育と同じ赤ちゃん組に降りていく。職員の数は時間と共にだんだん減っていくから、とにかく全ての子供たちに目が届くようにする必要があるのね。……ちなみに「延長保育」の350円が加算されるのは、6時15分以降。

 そんなわけで年中と年長組の教室がある3階はすでに子供たちの気配がなくなってから3時間以上。子供の放つ独特の熱気とかそう言うのも全部消えてる感じ。

 

 ……ああ、怖い。早く、教室を点検して戻ろうっと。

 

 早出は6時出勤の代わりに、午後6時が定時。どんなに押しても7時までには上がりになる。非常勤やパート扱いの職員の方は5時には全員が帰っちゃうけど、正規採用ではそうはいかないのね。ご家庭のある先生方は夕ご飯の支度とかどうしているのかなと他人事ながら不安になる。
  結婚を機に常勤から非常勤へと変わる方も少なくないと聞いているけど、そうなると仕事内容は大して変わらないにも関わらず手取りがだいぶ違ってくる。時給換算してみると「何これっ!」って感じで、コンビニ・バイトの方が割がいい位なのよ。
  市営や区営の保育園は9時から5時でお子さんをお預かりするところがほとんどだし、場所によってはもっと早く4時には完全に閉園するところもあるわ。ただし、そう言うところは職員採用の競争率も半端じゃなくて、ちょっとやそっとのコネでは入れないって聞いてる。
  まあ、小学校に勤めてる友達はもっともっと過酷な毎日を送っているらしいから、まだマシなのかなあ。お持ち帰りの仕事もほとんどないし、職場で全てを終えられると言うのならいいのかも知れない。

 ただし、物事には「例外」と言うものがあって。年少以上のクラス担任を受け持っている職員は月に二度の「定例会」への出席が義務づけられている。まあ、担任以外の職員でも参加は自由なんだけどね。これが面倒だから赤ちゃん組の担当ばかりをしている先生もいらっしゃるくらいだもの、とにかく閑散としたものよ。
  経営者側の園長か副園長が中心となって、あれやこれや難しい話を展開する。園長が出席すると前半がずっと自慢話で終わっちゃうから、出来ればいつも副園長がいいなあとか思っちゃう。でもそうすると今度はひとつひとつの話がやたら長いのね。こってりとまどろっこしいというか。本題にはいるまでに寄り道をたくさんするから大変だ。

「定例会」は午後8時に始まって、終わるのがだいたい9時過ぎ。まあ、それも仕事のうちだから仕方ない。待ち時間に誰もいなくなった「もも」組で今月のお誕生日カードを書き込んでいた。思わず熱中しすぎて時間を忘れてしまったから、片づけもそこそこにお教室を飛び出したのね。だから自分の机もチェックしなくちゃ。

 

 三階の廊下までたどり着いて、振り向いたらどっきり。誰もいないはずの窓に白い人影が映るんだもの。思わず大声で叫びそうになって、必死で堪えた。

「うわわわっ、……驚いた! 何だ、最香先輩じゃないですか。も〜、びっくりさせないでくださいよっ!」

 代わりに叫んでくれたのは「白い亡霊」の方だった。

 いや、正確には奏くんなんだけど。ああそうか、もう私服に着替えてたんだ。いつものエプロン姿じゃないから、すぐに彼だと確認できなかったのね。

  どこにでもありそうな白いシャツを、真っ赤なTシャツに重ねて。胸元にきらりとシルバーの鎖。エプロンを着てない奏くんは、ますます普通の若者って感じだ。

「あ、定例会お疲れ様でした。俺、今日はお残りの担当だったから、出席できなくて残念でしたよ。何か、大切な話とかありました?」

 やっぱりここだったかと言いながら、日誌を棚から取り出してる。職員が持ち回りで付ける記録簿なんだけど、そうか今日は奏くんの当番だったんだ。

「ううん、別に。いつもと一緒。来月の保育参観のお話があったけど、それはまた後日詳しい話があると思うし。奏くんこそ、遅くまでお疲れ様」

 見慣れてるはずの笑顔に、ホッとする。ああ、こっちの世界に戻ってきたんだなとか。先週は奈津の結婚式で週末が潰れて、今週はあのとんでもない有様でしょ? 何か全然疲れが取れないまま週明けになった感じよ。

「ええと、奏くんって……明日は早出?」

 今日が遅番だったからそうなのかなと思って訊ねてみたら、「いいえ」って首を振る。

「ほらこの前、美月先生の当番を代わって差し上げたでしょう? そうしたら、今度は代わりにって言ってくださったんです。俺は別にどっちでもいいんですけど、美月先生がどうしてもと仰るから」

 

 じゃ、戻りましょうかって、長い指が電気のスイッチに伸びる。その瞬間、ふっと心に浮かんできた言葉。気が付いたらそのまま口にしてた。

 

「あのさ、奏くん。良かったら、これからちょっと飲みに行かない……?」

 


  頭の固い前世紀の化石のような人たちの中では、唯一現代的な価値観を持っている人間だと信じていたのに。

 母親の裏切りは、私にとって何としても許し難いものだった。そりゃ、鬱憤が溜まってるのは分かる。兄嫁である薫さんが家に寄りつかないから、愛孫を思う存分可愛がることだって出来ないんだもの。ふたり目が産まれると言っても、事態が好転するとは思えない。でも、だからといって、私にどうにかしろって言うのはちょっと違うでしょう?

 

 この先は、ほのぼのと四姉妹のお茶会に合流している場合じゃない。もう、日のあるうちにアパートに戻りたいと思ったわ。
  だけど、よくよく考えたらそうも行かない。今回私が帰省した一番の理由は、ひいお祖母ちゃんのお祝いをすること。若い頃は海女をしていたというその人は、今でも背筋のしゃっきり伸びたとてもお元気な方。今年米寿のお祝いを迎えるなんて、絶対に信じられないわ。

 祖母が美容院から戻るのを待って、久しぶりに車で30分ほどの彼女の実家を訪ねた。かしましい四姉妹も一緒にね(ワゴン車の運転は三女の桃子伯母ちゃん)。山側にあるそこの家は、昔は大地主だったらしい。戦後の農地解放でほとんどの土地を手放すことになったが、祖母は娘時代お姫様のような暮らしをしていたみたい。だから今でもちょっと浮世離れしてるのかな。
  池の上に建てられた中二階までは、何とか御苑のような庭園の通路を登っていく。そこでお茶を一杯いただいて戻るはずが、気が付いたら夕ご飯までご馳走になる羽目になっちゃって。気が付いていたら、八時半時の上りの終電まで逃していたのね。遅い時間になると特急もなくなっちゃうこと、すっかり忘れてたわ。

 仕方なく実家に一泊して、翌日は母校の同窓会に出席するという祖母に会場まで送り届けてから電車に飛び乗った。もう嫌、一刻も早く面倒なことから逃れたいとそればっかり考えて。途中の乗換駅まで来たところでお土産の干物をもらうのを忘れていたことに気付いたけど、すでに後の祭り。もう一度引き返すなんて、絶対に出来ないもの。駅前にあの男が待ちかまえてたら、どうするのよ。

  聖子先輩や真弓先生はがっかりしてたけど、こればっかりは仕方ない。あとで、弟の青にこっそりと頼んで宅配便で送ってもらおう。あの子のメアドは知ってるもの、連絡付くはず。

 

 ……そんな感じで踏んだり蹴ったり。

 挙げ句に今日は早出と来た。まあ、その方が全てを忘れて仕事に没頭できたから良かったけどね。さらに「定例会」まであって、とにかく今の今まで煩わしい田舎での出来事は綺麗さっぱり忘れていた。

 

 だけど、こうして仕事が上がると。

 何か、ずーんとね。両肩に現実がのしかかってくるような気がする。嫌になっちゃう、まさかここに来て縁談話が再び我が身に降りかかってくるなんて想像も付かなかった。

 あのタカビー男の言う通り、田舎はとにかく結婚年齢が若い。三歳年上の兄が今年で結婚五年目と言うことは、すでに私の歳で「お父さん」になってたってことになるし。就職3年目だよ、まだ誕生日が来てないから24なんだよ? 自分の足下すらしっかりと固まってないのに、どうして人の人生まで背負えるのよ。
  ま、そんなわけで地元に残ったかつての同級生たちはいわゆる「身を固めた」人ばかり。女子の中には二人目三人目の子供を出産してしまった強者もいるらしい。男子も向こうにいるのは高卒で就職したり船に乗ったりしてる人ばかりだものね。そうなると、自然と結婚が早くなるのよ。だからもう、あらかた片づいちゃったんじゃないかな。伯母ちゃんたちからそう言う話が来なくなったのもその辺に理由があるんだと思う。

 だからといって、何で私があんな奴の面倒を見なくちゃならなくちゃいけないの?

 もう、これは断固として拒否するしかないわ。だいたい、彼の後ろに控えてるのはあの大漁一族だよ? 甘い言葉に乗っかって、これから末永く親戚づきあいをしてもいいと思ってるのかしら。選挙の時だって、身内は大変だって言うじゃない。嫌だよ、そこら中に頭を下げて歩くなんて。

 

 ……まあ、いいわ。

 もともと、自宅からの電話は着信拒否にしてある。だって、こっちの都合を考えずに仕事中であろうと真夜中であろうと嫁に対する愚痴を言いたくて電話してくる母親なんだもの。いくら娘でも、ここまで来ればキレていいよね? 何かの時には弟から連絡を入れてもらうように言い聞かせてある。
  実家にいる間もこっちに戻ってきてからも見慣れないナンバーからの着信があったけど、それもすぐに受け取り拒否。そしたら、また違うナンバーで掛かってくるからそれも拒否。何か気持ち悪いの、5件くらい違う番号で掛かってくるんだもの。念のために職員名簿を見て先生方の連絡先を調べたけど、該当するナンバーはない。仕事用には別の携帯を持っていて、保護者の方からはそっちに掛かってくるはずだし。

 話を途中で切り上げて来ちゃったけど、こちらの意向はきちんと伝わっていると思う。だって、本当に結婚なんて有り得ないもの。今の仕事がすごく充実していて、毎日がいっぱいいっぱい。とてもそのほかのことを考える余裕なんてない。

 そうよ、第一。

 どうにかなるんなら、元彼とあんなに派手にケンカ別れすることもなかったはずだもの。全く、当時のことを考えるだけでゲンナリ来ちゃう。あんな思いはもうたくさん、勘弁して欲しいわ。

 


「わー、何かいいのかな? 先輩とふたりっきりなんて、考えたら初めてですよね」

 とりあえず乾杯しましょうか、って。グラスを軽く合わせたあとで、奏くんは照れ笑いを浮かべた。うーん、本当に可愛い。仕事仲間だから贔屓目に見てしまうと言うのもあるだろうけど、こういう風に目の前に座っていてくれると癒されるわ。

「ああ、そう言えばそうよね」

 何となくノリで誘ってしまったけど、奏くんは実は男性だったりするし。何となくふたりっきりって特別な気がして、今までは避けていた気がする。
  と言うか、こんな風に不規則な勤務形態だとみんなで予定を合わせるのも大変なのね。それでも聖子先輩と静香ちゃん、そして奈津と私で結構飲みに行ってた気がする。気楽な独身同士。そのうちにあんな風に奈津が疎遠になって、代わりに奏くんがメンバー入りした感じ。

  奏くんは本当に不思議な子だと思う。誰とでもすぐに仲良くなっちゃうのに、その一方でとても礼儀正しい一面もあって。何か異性を感じさせないのね。だからとても気楽に付き合える。

 多分、あの場にいたのが聖子先輩であっても静香ちゃんであっても、同じように誘っていたと思う。だって、もうこれが呑まずにやっていられますかって感じ? もちろん明日も仕事だしあまり量を過ごすことは出来ないけど、それでも多少の憂さ晴らしをしないとどこかで爆発してしまいそうな気がする。まだ週も始まったばかりだし、ここはどうにか切り抜けないとね。

 保育園とは駅の反対側になる居酒屋。少し裏通りに入ったその場所は、私たちの隠れ家だった。こういう仕事をしていると、知り合いに鉢合わせすることにとても神経質になっちゃう。特に保護者の方とかね、羽目を外しているところを見られるのは恥ずかしいじゃない。
  その点ここの店は、とても面白い造りになってるの。中二階があったり、半地下があったりして、隣のテーブルがあまり見えないのね。プライバシーが守られてる感じで、過ごしやすい。おしゃべりの声とかもあまり響いてこないし。大人数には向かないんだけど、六人ぐらいまでだったら丁度いい。

「わあ、美味しそうだ。最香先輩、ドレッシングはみんなかけちゃっていいですか?」

 運ばれてきたシーフードサラダに歓声を上げてる奏くん、後輩らしくちゃんと働いてくれるところがいいわ。男の人って、自分からは全然動かない人もいるじゃない。やってもらって当然みたいな。ああいうの、すごくむかつくの。偉そうにしないでよ、みたいに思っちゃってね。

「どうぞどうぞ、いっぱい食べていいよ。奏くん、まだ食べ盛りでしょ? 私のことは気にしないで」

 サーモンの枚数を数えている彼にそう言って、グラスに半分くらいのチューハイを飲み干す。あら、何か今日のはちょっと薄い気がするな、気のせいかな。こんなじゃ、ほろ酔いになる前におなかがいっぱいになってしまいそう。

「次は冷酒、行こうかな。奏くんは平気?」

 大好きですよと答えてくれたから、大きめのものを一本注文する。磨りガラスの綺麗な瓶に入っているお酒は、すっきりとした飲み口。さらさらと気持ちよく喉を通りすぎていく。
  飲み物に合わせて、ホッケの開きとか頼んじゃって。ふたりで半分ずつ食べるのも、何だか楽しい。奏くんはこういうのに慣れてるのかな? すごく自然な感じで、お皿の上を二等分していく。

「ほら、先輩。こっちにエビがもう二匹隠れてましたよ? ふたりでひとつずつ分けましょう」

 グリーンウェイブの葉っぱをめくり上げて、彼は嬉しそうに言う。何だかこっちまで楽しくなって来ちゃうな、面倒なこととか全部忘れられそう。かしこまらなくていい相手だから、こんな風に安らげるんだよね。もしも……あの男だったら。お酒の飲み方からお箸の使い方から、とにかくみみっちく指示を出しそうな気がする。かと思うと、何かとうんちくを垂れ始めたりね。……ああ嫌だ、鳥肌立っちゃう。

「あのね、今日は有紀乃ちゃんが給食を残さずに食べたんですよ。他の子が『はじめてだよ』って言うから、こっちまで嬉しくなっちゃいました。奈津先輩が戻ってきたら、すぐに報告しないとね」

 隣のクラスの出来事をにこにこと報告してくれる。奏くんと一緒にペアを組むようになって、仕事が前よりももっと楽しくなった。何て言うのかな、考え方がすごく前向き。たとえば、トイレに失敗した子がいても頭ごなしに怒ることとか絶対にないの。どんなに仕事が立て込んでても、いつも子供たちのことを一番に考えることが出来る。新人さんなのに、すごく偉いなと思うわ。

 

 彼を見てると。

 私が新任のころはどうだったかなと、ふと考えることもある。何しろ、いきなり職場にやって来て右も左も分からなくて。覚えることはてんこ盛り、子供の名前どころか職員の先生方の顔と名前も一致しない。手を抜いたわけでもないのに怠けているとお叱りを受けることもあって、泣きたくなった。
  この仕事の大変さは、大学の頃に何度も保育実習をして嫌と言うほど分かっていたはず。そこで音を上げて、別の職業に就いた子だって少なくない。でも、私はやっぱり保育士になりたいと思った。どんなときも体当たりで関わってきてくれる子供たち、その成長を一緒に見守っていられたらどんなに楽しいだろうって。だから負けたくないんだ、何があったとしても。

 奏くんと一緒にいると、子供たちもすごく楽しそう。今年の「もも」組と「ぶどう」組の子たちはとても明るいねと他の先生方からも言われてる。同じことをするのでも「楽しいな」と思いながらやるのと「嫌だな」と思いながらやるのとでは、大違い。

 最初はちょっと口惜しかったりもした、私が未だに出来ないで戸惑っていることをすんなりとクリアしてしまう奏くんが羨ましくて仕方なかったの。でも、無い物ねだりをしていても仕方ないものね。私は私なりに頑張ろうって、どうにか気持ちを切り替えることにした。

 

「えー、俺なんてまだまだですよ」

 素直な気持ちで誉めると、奏くんは恥ずかしそうに頭をかく。

「最香先輩こそ、すごいなと思うことがたくさんありますよ。だって、子供たちにとても慕われているじゃないですか。実際にご自分のお子さんがいらっしゃるわけではないのに、何というかとても温かい感じがするんですよね。それこそ天性の才能だと思ってます、とても真似できませんよ」

 何かふたりでお互いを誉め合っているのもどうかと思うけど。これもお酒の席でのこと、いいんじゃないかな。やっぱり、奏くんを誘って良かった。何も分かってないあの馬鹿な男のことなんて綺麗さっぱり忘れることが出来るもの。

 

 ――今は若さで突っ走れるかも知れない、でもこれから五年後十年後を考えたらどうかな? 同じことの繰り返しばかりの毎日に、いつか息切れするはずだ。

 

 あああ、思い出してもむかつくっ!

 一体、何様のつもりなのかしら。あんな風に上から見下したような言い方しかできない人に、私たちの仕事の素晴らしさが分かるものですか。
  小野崎の輝かしい未来でもなんでも、御勝手に想像してくださいって感じ。でも、私はそのときあなたの傍らにはいませんから。何十年経っても息切れすることなく、立派な保育士として勤めてみせるわ。

 

「うーん、今度はワインもいいなあ。赤と白、どっちがいい? ロゼのスパークリングも美味しそう……」

 冷酒の瓶はとっくに空になってる。私がメニューを眺めていると、奏くんも脇から興味深そうにのぞき込んできた。

 ふたりとも、かなりお酒はいける方だと思う。みんなで飲みに行っても、同じピッチでグラスを空けて最後まで足下がふらつかないのはふたりだけだ。お酒飲みの本音としては、自分と同じピッチで楽しくグラスを空けてくれる仲間がいるのは最高。だけど女友達にそれを求めても、なかなか難しいのね。

「グラスワインで別々のを頼んで、飲み比べてみましょうよ。とてもひとつには絞り込めない感じですし」

 名案でしょって、にっこり笑顔。アルコールとは別の作用でほわーっと来ちゃう気がする。

 

 ぼんやりと見上げた壁の時計がすでに11時を指していて、でもそのことにすら何の危機感も覚えてはいなかった。

 

 

2006年7月21日更新

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