TopNovel願わくば・扉>願わくば、恋視線・27



       

     

「―― 先輩っ!!」

 思い切り身体を揺さぶられる気配。

 だけど、浮き上がりかけた意識がまた深い場所に戻ろうとする。どこまでが夢でどこからが現実かが分からない、頭がとてつもなく重い。

「先輩っ、……先輩っ! しっかりしてくださいってば……!!」

 さらに強い衝撃、足下からがくんと落ちていく恐怖にようやく瞼が開いた。だけど今度はなかなか目の焦点が定まらない。

「え、……何?」

 再び目眩を覚えて、何かに必死でしがみつく。すぐ側に誰か人の気配、そこまで来てようやく気がはっきりとしてきた。

「良かった、気づかれましたか?」

 あわてて引き剥がそうとした身体を再び引き寄せられる。何これ、ちょっと待って。そんなはずないから、……ちゃんと目覚めたはずなのに、まだ夢を見ているのかしら。

「……なん、で……」

 言葉が詰まって、それ以上何もしゃべれなくなった。何故? どうして? そんな疑問符が頭の中をぐるぐる回って、その後どっと何かがこみ上げてくる。

 

 嘘、だって。

 

 違う、私はまだ自分に都合のいい夢を見続けているんだ。そうじゃなければ説明がつかない。意識が途切れるその瞬間まで、私の側にいたのはこの人じゃない。

「……先輩?」

 訳も分からないまま泣きじゃくる私を、彼はしっかりと抱きしめてくれた。乱れたままの服、暴れてぼさぼさになっているはずの髪を優しく撫でてくれる。気持ちよくて気が遠くなりそう。空耳のように子守歌が流れ込んでくる。

「何で、泣いてるんですか?」

 だけど、その幸せな時間は急に止まった。突然乱暴に私を振りほどいて、そのまま厳しい表情で睨み付けられる。掴まれたままの手首にぎりりと痛みが走った。

「……え?」

 思わぬ行動に呆然としてしまう。どうしたの、いきなり。それにこの痛み、やっぱりこれって現実なの?

 やっと落ち着いて確認したこの場所は、先ほどのまま。圭子ちゃんに呼び出されたホテルの一室だと思う。見れば、あのときのコーヒーがそのまま飲みかけでテーブルの上にあった。本当にあの中に薬なんて入っていたのかしら、今の私には確かめるすべもない。

 戸惑うばかりの私に、奏くんはさらにたたみかけてくる。

「何で泣いているのかと聞いているんです、ちゃんと答えてください」

 そ……そう言われても。ええと、どうして……なんだろう?

 ちゃんと答えろと言われても、そんなこと言われてもよく分からない。気持ちがどんどん溢れてきて、自分の力を押しとどめることが出来ないだけ。理由なんて改めて考えられないよ。

「黙っているだけじゃ、分かりませんよ」

 さっきの圭子ちゃんも意地悪だったけど、今の奏くんも相当のものだと思う。旗之助もだった。何だか今夜はみんながみんな私に辛く当たるの、一体どういうことなの?

 私、だいぶ呆けた顔をしてるんだろうな。彼にしては珍しい、苛立ちを通り越した諦めの表情。少し視線をそらして、大きく溜息をついた。

「あの男がいなくなったのが悲しいんですか。それとも俺がここに来たから、それでですか? ―― 答えによっては俺、この先どうなるか分かりませんよ……!?」

 大きく目を見開いて、改めてすぐ目の前にいるその人を見た。こんな時に不謹慎だなとは思うけど、やっぱりとても綺麗な顔だと思う。凄んでいても、見とれてしまうんだから相当なものだよ。

 

 そしてようやく気づく。……ああそうか、って。

 

「また、迎えに来てくれたんだね」

 私の言葉を聞いて、奏くんはよく分からないって顔になる。だけど、私はとても満足した気持ちになってた。ああそうか、そうかってそればかりを心で何度も繰り返してみる。

 小野崎の浜に突然現れたときは、本当に驚いた。そして今回も。こんな風に私が道を踏み外しそうになると、きちんと迎えに来てくれる。だから私は安心して走り続けることが出来るんだ。自分の心がどこにあるのか、行き着きたい夢がどこで待っているのか、分からなくなるから迷う。けど、大丈夫。怖がらずにその場所まで行ける。

「決まってるじゃない、奏くんが来てくれたからだよ。良かった、……嬉しすぎてどうしていいか分からないよ」

 一度は止まったかと思った涙が、再び溢れてくる。寄り添っていいものか思いあぐねている間に、奏くんの方からそっと抱き寄せてくれた。爽やか好青年なのに、ちゃんと男の人の匂いがする。だけどそれは私の全てを包み込んでしまうほどの深い深いもの、こんな風に抱きしめられることなんて初めてなのに何故かとても懐かしい。

 よく考えたら、私たちって出逢ってからまだ半年なんだよね。ペアを組んでからはほんの三月。でもそれすら忘れてしまうくらい、いつでもしっとりと側にいてくれる。私、奏くんがいない生活って考えられない。明るい笑顔をいつも間近で感じることが出来たら、その前向きの姿勢で励ましてもらえたら、……そしたらどんなに幸せだろう。

「そう言ってもらえると、俺も嬉しいです。慌てて飛んできた甲斐がありましたよ。本当に……ここに来るまでは生きた心地がしませんでしたから」

 言葉の最後の方が震えてる。もしかして、奏くんまで泣いちゃった? そんなはず、ないよなあ。

 でも、よくよく考えると変なの。数時間前までは一緒に仕事していたのに、何でこんなに感動的な再会をしているんだろう。まるで生き別れの親子が何十年ぶりかに対面したみたいだよ、あり得ないから。

 

 ―― と。

 

 ここまで来て、私は新たなる謎に気づいた。居心地のいい場所にもう少し留まっていたいのが本音だけど、一度沸き上がってしまったハテナマークは瞬く間に私の頭の隅々までを埋め尽くしてしまう。

「あの、……ひとつ聞いてもいいかな?」

 こんな風に甘えてしまって、今更ながら恥ずかしくなる。嫌だな、私は先輩なのに。自分の立ち位置をすっかり忘れた行動は情けないわ。

「何で、奏くんがここにいるの?」

 圭子ちゃんの電話を受けたとき、私はひとりで帰宅途中だった。提出書類を書き上げるために居残りをしたから、園をでるときからひとりきり。呼び出されたことは誰も知らないはずだ。

「もう、そんなことどうだっていいじゃないですか。……嫌だな、思い出したくもない」

 すると奏くんは、分かりやすく不機嫌な顔になる。私を抱きしめていた腕は乱暴にほどいて、そっぽを向いてしまった。

「呼び出されたんですよ、先輩の携帯で。本当に心臓が止まるかと思ったんですから、あんなの二度とごめんですからね」

 えー、私そんなことしてないと思うけど。

 口に出せるような雰囲気ではないと感じたから、とりあえず口の中でもごもごと呟く。記憶が途切れて、それから先のことは全然分からない。ベッドの上に膝をそろえて座り込んで奏くんの背中を眺めてたら、また新しい「謎」に思い当たった。

 そう、あの男。旗之助は一体どこに消えたの? 圭子ちゃんも、だけど。……まさかまだこの部屋のどこかに隠れている訳じゃないでしょうね!?

「―― 男の声で、連絡が来たんです。この部屋のナンバーを教えられて、『すぐに来ないとどうなるかわかりませんよ』って……なんですか、あれ。で、慌てて来てみたら先輩は倒れているし、本当にもうどうなっちゃったのかと。説明して欲しいのは俺の方ですよ、これってどういうことですか!?」

 その言葉に驚いて、すぐさま自分の携帯を確認した。確かに奏くんへの発信履歴が残ってる、だけどこれって……。

「俺、迷子捜しじゃないんですからね! こう何度も黙っていきなりいなくなったら怒りますよ。全くっ、人をなんだと思ってるんですか!?」

 あーあ、完全に拗ねちゃった。

 頭かきむしってる姿がとても可愛くて、申し訳ないなと思いつつも笑いがこみ上げてしまう。こんな風に他人のために一生懸命になれる奏くんが好きだよ。本当に、いつもその姿にたくさん励まされてきた。

「……ごめんね」

 まだ他に言わなくちゃならないことたくさんある気もするけど、とりあえず今の気持ちを伝えよう。週末の一番疲れている日に、慌てさせてしまって悪かったと思う。心の隅で実は「嬉しいな」とか思っちゃってるんだけど、それは内緒。それくらいの楽しみは許してね。

「私、もう大丈夫だから。お詫びに何か奢るよ、ご飯まだだったら何か食べる? 好きなもの、何でも言って」

 ぬくもりが名残惜しくて、最後にもう一度だけって自分に言い聞かせながら背中にしがみついた。奏くんの肩がぴくっと動いて、またすぐに大人しくなる。振りほどかれなかったことが素直に嬉しい。

「いろいろと迷惑を掛けちゃって、本当にごめん。こんな情けない先輩じゃ、駄目だね」

 また頑張らなくちゃって思う、今度は自分に負けないように。追い風ばかりの人生じゃない、少しでも挫けたら弱くなったその部分につけ込まれるんだ。たぶん全部、私が招いてしまったこと。だから胸に残る痛みごと全部乗り越えていかなくちゃ。

「だ、駄目じゃないですから!」

 すると。今まで私の言葉を黙ってきていてくれた奏くんが、いきなり大声を出して振り向く。もちろん背中にいた私は勢いよく振り落とされた。

「いつも言ってるでしょう、先輩は俺の目標なんですよ。先輩みたいな保育士になるのが俺の夢です。だから、お願いします。これからもちゃんと前を歩いていてください、いきなりいなくなったりしないでください!」

 感動的に手を握られたりして、何だかすごいシーンだ。やっぱり目尻の辺りが少し濡れてる、感激やさんなんだなあ。

「う、うん。分かった、約束する!」

 勢いに押されて、私も大きく頷いてた。

 

 そこで再びふたりの目が合って、しばしの沈黙が流れる。言葉がなくても心で通じ合う領域……と言うより、奏くんの思考回路がぴたっと固まった感じ。

 

「あ、……あのっ、先輩っ!!」

 え? と思った次の瞬間に、私の身体は仰向けに倒れていた。もちろん、そこはベッドの上。一呼吸置いて、覆い被さってくる影。

「す、すみません! 俺、気が変わりました。やっぱり無理です、そのっ……!」

 大きな手のひらが、胸元を服の上から辿っていく。首筋に吸い付く唇、低い呻き声。

「えっ、……ちょ、ちょっと待って! ちがっ、そうじゃないでしょっ!!」

 つい先ほど同じ状況に陥ったときは必死で抵抗してた。だけど今度はちょっと違う。なんて言うんだろう、緊急事態だと頭では分かっているんだけど気持ちよくてこのまま流されてしまいたいなーとか思ったり。

 

 いや、違うでしょ。それって変だから。

 

「奏くんっ、よく見て! 私だよ、私。襲う前に、相手をよく見てよ。違うでしょ、私は彼女さんじゃないよっ!!」

 あっという間に半脱ぎの状態で全く説得力がないんだけど、それでも必死で訴えた。

「……え?」

 今度は奏くんが驚く方。私の言葉に目をぱちくりさせてる。

「彼女……って、一体誰のことですか? 俺、今そんな相手いませんけど」

 しらばっくれている訳ではないみたい、本当に驚いてなかったら出来ない表情だ。けど、騙されないから。いくら無邪気な表情をしたって先輩である私まで欺くことは出来ないんだよ。

「何言ってるの! いるでしょ、ちゃんと。毎日のようにメールが来てるじゃない、駅前で楽しそうに連れ添って歩いてるのだってばっちり見てるんだからね……!!」

 あああ、これってもしかしてストーカー的発言? 口に出しちゃってから、私は猛烈に後悔した。まるで私、彼の行動をいちいちチェックしてる危ない人みたいじゃないの。

「……何それ」

 よく見たら、奏くんの方もすでに半脱ぎだ。シャツの袖が片方腕に絡まって、胸も半分はだけてる。中途半端は良くないとか思ったのかな、いきなりTシャツを脱ぎ出すの。子供たちとプールに入るときに上半身裸の水着姿は何度も見てるけど、……やっぱこの体勢だとちょっとイメージが違うわ。

「信じられない、そんな風に思われていたなんて心外だな。失礼ですよ、先輩。確認も取らないで、勝手に邪推するなんて」

 ずいーっと、彼の顔がクローズアップ。鼻先がくっつきそうなところまで近づいてくる。でも、その表情はとっても嬉しそうなの。

「妬いてくれてたんだ。可愛いな、先輩って」

 さあ、じゃあ再開と言わんばかりに、彼は行動を開始する。すぐに探り当てられてしまった胸先、そこをいきなりつまみ上げられたらたまらない。

「いゃん、待って! ……ちがっ、話が終わってないでしょっ!!」

 そうだよ、目撃証言にもコメントをもらってない。というか、そもそもいきなりこんな風になる理由が分からない。

「何よっ、この前は何もなかったくせにっ! そっちの事情は分からないけど、いきなりさかり付かれても困るのっ! もう止めよう、ふざけるのはいい加減にして……!」

 あのさ、私たちは仕事上のパートナーでしょ。これからも毎日顔を突き合わせていなくちゃならないんだよ。それを一時の勢いで道をはずしたりしたら、あとで絶対に気まずくなるから。これからもいい関係を築いていきたいんだよ、だから駄目。

「……ふざけてるつもりはありませんけど?」

 またあどけない表情になって私を惑わせようとする。全くとんでもない策士だわ、人の気も知らないでいい気なものね。

「ふうん、『この前は』って……あのときのことを気にしてたんですか? 嫌だなあ、先輩は。だって、翌日仕事じゃどうしてもセーブしなくちゃならないでしょう。そりゃ、もしかしてって期待はしましたよ。でも先輩は恐ろしく寝付きがいいし……、一晩中自分を抑えてた俺の身にもなって欲しいものです」

 それから、耳たぶを弄ぶように唇を寄せて。熱い息で囁く。

「先輩が見たの、以前のバイト先の方ですよ。ロングヘアの小柄な女性だったでしょう、残念ですけど彼女は人妻ですし完全に対象外です」

 ぴくぴくっと反応しちゃったのがばれたかな、さらに強くせめたてられる。嫌っ、駄目。耳は弱いんだから、感じちゃうでしょっ!

「ここまでお膳立てをしてもらって、どうして躊躇う必要があるんです? 俺の気持ちなんて、今までに何十回とお伝えしてきたはずです。先輩とは仕事でも最高のパートナーになりたいですけど、プライベートだってそれ以上の仲になりたいと思ってますよ? ……先輩はそれを望んでいらっしゃらないのですか?」

 ―― やっぱりこれって、夢の続きだったりするのかな。

 だって、絶対にあり得ないって思っていたもの。みんなのアイドルである奏くんを独り占めすることなんて出来るわけない。そうなったらすごいなという気持ちも心のどこかにあったけど、とても現実のものとして捉えることは出来なかった。

「そんな、……でも」

 夢なら夢でいいじゃない妄想のままに駆け抜けてしまおうって、思い切れない自分が悲しい。目が覚めたら、完全に自己嫌悪だよ。

「やめてください、この期に及んで」

 それ以上の言葉は言わせないぞという勢いで口を塞がれる。うわ、待って。いきなりなんていう舌使いなのっ。冗談じゃないほど上手だよ、やだっ、ますますおかしくなってきちゃう。

「最後には必ず、もっともっとお願いって言わせて見せますから。手加減はしません、覚悟していてくださいよ」

 

 胸を大きくすくい上げられて、ふくらんだてっぺんを手のひらで押しつぶされる。粘土細工を楽しんでいるみたいな感じなのに、何でこんなに気持ちよくなっちゃうの?

「先輩とのことは、今までに数え切れないくらい想像してましたからね。ようやく願いが叶うのかと思うと、自分でもどうなっちゃうか分からないくらい興奮しますよ」

 あのね、私の身体はおもちゃじゃないから。それ分かってるんでしょうね。そんなに楽しそうに触らないでよ、あちこち吸い付いて跡付けないで。

「あんっ、……ひゃんっ! あっ……はぁっ……」

 ぐったりした身体をひっくり返されて、背中から羽交い締めにされる。互いの視線が触れ合わない不安定な体勢、大きく足を左右に開かれて、その中心に彼の指が這っていく。

「すごい、先輩。ここまで溢れて来ちゃってる。見えますか? ほら、俺の指が二本一緒に入っちゃいますよ? わー中も洪水だーっ!」

 嘘でしょ、信じられない。なんかもう、自分の身体じゃないみたいになってる。

 声にならない叫びを上げてのけぞると、奏くんはさらに嬉しそうに指の出し入れをスピードアップする。指先が器用に内壁の感じる部分を探り当て、そこを何度も何度も執拗にさすっていった。一度は去ったはずの波が、再び押し寄せてくる。自分だけがこんな風に醜態を晒し続けることが恥ずかしくて仕方なかった。

「お願いっ、……私ばっかりじゃ嫌。だって、だって、こんなっ……!」

 正直、彼のテクニックなんて少しも期待してなかった。それがどういうこと? 先輩としてリードしようと思うのに、好き放題流されている。

「……欲しいの?」

 そう訊ねるのは天使の微笑み。でも私は知ってる、柔らかいその仮面の下に彼はいくつもの顔を持っているのだと言うこと。上手にあしらって楽しんでいる振りをしてきたのに、実は振り回されていたのは私の方だったの……?

「うん、ちょうだい。たくさん、たくさん欲しいのっ」

 嫌だなあ、私やっぱり頭のネジがいくつか落っこちちゃってるかも。こんなこと、思ってても口に出しちゃ駄目だと思うのに止められないの。すごくすごく恥ずかしい。

 くすくすっと耳たぶを揺らす笑い声がして、くるりと身体の向きが変わる。向き合って彼の膝に乗っかった状態。腰を浮かしたことでちょうど顔の位置に来た私の胸に、奏くんは何度も頬ずりをする。

「もう、誰にも渡さないから。先輩の特等席は俺がもらったよ」

 

 一気に貫かれた衝撃は、とても口では言い表せないほどのすごいものだった。

 今までも器用な指で存分にかき混ぜられていた私の内側は、さらに熱く太いものでいっぱいになる。それだけで十分な感じだったのに、さらに出し入れされたらもう大変。バランスを取れない身体を彼の首に腕を回すことで必死に支えながら、私は何もかもを忘れて溺れ続けた。
大きく叫んでハッと我に返ると、澄んだ瞳がまっすぐに私を見上げている。目が合うと嬉しそうに微笑んで、さらに動きを速くした。

 

「あったかい……先輩の中って最高に気持ちいい。良かった、諦めないで。こんなご褒美がもらえるなら、これからも必死に頑張りますよ」

 次第に霞んでいく頭の中、ふわふわと無数の羽毛が飛び交っている。必死にそれを払いのけると、その向こうにひとりの男性が立っていた。私を見つめる無邪気な瞳、でもその色は次第に花の色に変化していく。

「好き、……大好きっ!」

 恋い焦がれた視線をしっかりと抱きしめて、私は身体ごとつい果ての光の海へと静かに堕ちていった。

 

 

2007年5月24日更新

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