雪晴れに足袋干すひとり静かなる
しぐるゝや窓を掠むる鳥つぶて
炭を切る筵明るし花八ッ手
凍土を汽車とゞろきて去りにけり
冬の雨嶽寂光に雪降れり
雪霏々と真昼の電車灯し来る
降る雪の十字架に翳が触れゆけり
巨き雪遺骸を橇に載せゆけり
雪に立つ弔花に雪の音すなり
葬ると鍬巨雪に沈めたり
葬ると雪掘れば雪層なせり
図書館の窓荒園に雪降れり
雪に雨そゝげり書舗は戸を閉じぬ
世の寒さ鳰の潜るを視て足りぬ
雪解けの電柱の下草萌えぬ
楼門より寄生木高し春日の中
兵稚く苺つぶせり霧霽れよ
父と子と鴨に石投げ煙草分け
父と佇つ流れに蟇の躍り出ず
岩灼けくる光の底に蛇ゆけり
一本づゝ夕焼け終る天の松
驟雨来て瑠璃岩盤に萩散りぬ
残照の海見ゆるところ林檎熟れ
汗して見るヘルン愛顧の櫛の雲脂
千代尼忌や屋根石灼くる街に佇ち
千代尼忌の稲田に溺れ終電車
梨売りの頬照らし過ぐ市電の燈
かにかくに柿買い戻り誕生日
はらからの蚊帳の眠りや遺影の間
書を売れば短日の日ざし街を去る
芭蕉忌や己が脚噛む寒鴉
おびたゞしき靴跡雪に印し征けり
雪圻けて雪山の裏にある日ざし
吹雪なか松籟雪をふり払い
寒燈に海鳴りのみを聴くものか
英霊に大寒の雲夕焼けたり
冬の河崖より芥投げ捨てられ
帰り来て雪待つ心糧となし
寒明けの波止場に磨く旅の靴
銅鑼寒し臥体触れ合う外はなく
海越えて芽ぐむものなき野のひかり
北風烈し帰省の家に刻合わす
焚火より朱きつちくれに芽ぐむもの
行春の巷のひゞき芭蕉に芽
セルを着て稚き金魚買わんなど
昼寝覚め軍馬の響き頭をよぎる
蛍火をふところに男二十かな
爆音降る巷に開く秋扇
崖高くこゝに銀河の端垂れよ
誕生日崖を流るゝ秋の蛇
馬蹄の跡露たまるなど踏み出ずる
蜩やポストの干割れまざまざと
泪満つる眼に絵硝子の葡萄熟れ
薄の穂鋭しと見れば岩の錆
野分翻す蓮の葉裏の一つ星
十三夜乏しき星の光り出ず
落葉朽ち更に松葉の突き刺さる
末枯れに一とき囲む燐寸の火
目醒むるや軍歌貫く露万顆