和歌と俳句

沢木欣一

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雪しろの溢るゝごとく去りにけり

白梅に別る襤褸の一抱え

矢車のまはりし烈しき月日かな

麦の穂のかたち正しき落暉かな

妹と東京に逢う梅雨明るし

塵のごとくアカシヤの花手に足に

草田男眸つむり光琳笹も夕焼けぬ

青簾銀屏よりも撥の冴え

夏帽子こめかみ深く旅出ずる

夏の霧夜目に機関車外されゆく

朝焼けや夏の灯は遠き舟にのみ

水平線のが捧ぐる朝の空

炎天になめらかなりき松の幹

紫陽花腐り朽木も冷やゝかに

青松葉噴水の頭は定まらず

炎昼の街より高き水の辺に

三歳の春愁に似て夏氷

片影の甍冷たく越ゆる

曾住の熟れまるめろが垣なす家

鹿子百合朝の冷牛乳濃かりけり

巫女が舞う緋の色冴えて夏の海

夜光虫灯るひまなる波の巾

雪崩止向日葵ことごとく海に向く

月見草鎌の穂先に聚る海

目に余る夏海なれば石擲ぐる

いなびかり真昼断崖砂ひかり

鵙軽く朽木は海へ水平に

合歓の花沖には紺の潮流る

崖夏日汽車の吐くもの煙なす

鴎居る巌三里の眼路去らず

蜩や佐渡に聚る雲熟るゝ

天の川柱のごとく見て眠る

崖下の三味や夏足袋現ならず

佐渡見ゆる二日宿りの天の川

夏佐渡の山襞うすき煙生れ

佐渡見えて土用波の穂波を截る

燈台や佐渡の夕焼了りてより

百日紅一樹が炎ゆるたよりかな

蝉咽び老鶯の音はより深く

百日紅早稲のなだれの浦曲かな

合歓の花羽毛のごとく頬にふれ

壇風城目探る風の青芒

夏の灯に発止と朱きたなごゝろ

豊年や汽車の火の粉の美しき

噴水の虹に頭あげ亀歩む

秋日さす焚火の色に石の崖

鳩の尾の扇なすとき別れかな

秋晴れに甘酒啜る仏像観て

女去つて秋海棠の茎紅し

石蕗卑し湯屋の煙の一すじに

寒に住む鼻柱のみ光らして

歳晩や火の見の空に人歩む

ニイチエを読み拍子木が告ぐる除夜

竹馬が古本選ぶ眸をよぎり

寒椿朝の乙女等かたまりて

虎落笛食器を配り了える母

厨芥車滴り長し二月尽

埋火の低さや齢半ばとし

石垣に冬日遠のく馬の歩々

雪解光石垣の罅潤えり

古雪に山見のベンチ海黒し

春近し雪にて拭う靴の泥

ゴシツクの稜青空に鳩も痩せ