和歌と俳句

高浜虚子

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大仏の下にやすらふ古稀の春

御胸に春の塵とや申すべき

京言葉浪花言葉やの旅

尾は蛇の如く動きて春の猫

芝焼いて旧居のままのたたずまひ

日をのせて浪たゆたへり海苔の海

別荘もあり茶屋もありの寺

大仏の境内に遠会釈

宿の梅あるじと共に老いにけり

紅梅に薄紅梅色重ね

春の水梭を出でたる如くなり

川下の娘の家を訪ふ春の水

長谷寺に法鼓轟く彼岸かな

ふるさとに防風摘みにと来し吾ぞ

春蘭を掘り提げもちて高嶺の日

永き日や昔初瀬の堂籠り

麗かにふるさと人と打ちまじり

沈丁の香の石階に佇みぬ

行き過ぎて顧すれば花しどみ

とは今日の隅田の月のこと

一様に岸辺の吹き靡き

比叡遠く愛宕近しやの里

の寺末寺一念三千寺

咲きて堂塔埋れ尽すべし

手にうけて開け見て落花なかりけり

謡会すすむにつれて夕桜

藁さがるけふは二筋雀の巣

ここにある離宮裏門竹の秋

の舞ひ現れて雨あがる

ふたりづつふたりづつ行く春の風

法外の朝寝もするやよくも降る

房の垂れて小暗き産屋かな

藤蔓の船の屋根摺る音なりし

寵愛の仔猫の鈴の鳴り通し

スリツパを越えかねてゐる仔猫かな

春惜むいのち惜むに異らず

脇息に手を置き春を惜みけり