高浜虚子
避暑の濱稍さびれたる花火かな
稲妻をふみて跣足の女かな
颱風の名残の驟雨あまたたび
月あれば夜を遊びける世を思ふ
聳えたるお西お東月の屋根
秋天に赤き筋ある如くなり
秋空や玉の如くに揺曳す
屋根裏の窓の女や秋の雨
智照尼は昔知る人薄紅葉
今も亦一時雨あり薄紅葉
此谷を一人守れる案山子かな
黒きしみつとあり五郎兵衛柿とかや
老人と子供と多し秋祭
一足の石の高きに登りけり
佇める人に菊花のうつ伏せり
人去りて冷たき石に倚れる菊
其人を恋ひつつ行けば野菊濃し
落花生喰ひつつ読むや罪と罰
実をつけてかなしき程の小草かな
眼つむれば今日の錦の野山かな
歴史悲し聞いては忘る老の秋
雑踏の中に草市立つらしき
大文字や人うろつける加茂堤
友を葬る老の残暑の汗を見る
病人に野分の夜を守りけり
句拾ふや芒ささやき露語る
一面に月の江口の舞台かな
何某に扮して月に歩きをり
我静なれば蜻蛉来てとまる
紫蘇の実を鋏の鈴の鳴りて摘む
もの置けばそこに生れぬ秋の蔭
棟竝めて早稲田大学秋の空
秋風や心の中の幾山河
破れ傘さして遊ぶ子秋の雨
京に来て茸山あり手紙書く
山河ここに集り来り下り簗
つややかな竹の床几を菊に置く
夕闇の蘆荻音なく舟著きぬ
病床の人訪ふたびに秋深し