和歌と俳句

高浜虚子

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山々の男振り見よ甲斐の

見苦しや残る暑さの久しきは

三日月のにほやかにして情あり

祖を守り俳諧を守り守武忌

老松の己のを浴びて濡れ

老松に露の命の人往来

月のごと大きなの玉一つ

松の月暗し暗しと轡蟲

も亦とどむるすべも無かりけり

大空を見廻して月孤なりけり

今一奮発奮発唐辛子

母を呼ぶ娘や高原の秋澄みて

秋風は芙蓉の花にややあらく

老松のただ知る昔秋の風

山の日は暑しといへど秋の風

秋雨や刻々暮るる琵琶の湖

坂少し下りて中堂薄紅葉

思ひ侘び此夜寒しと寝まりけり

雨の柚子とるとて妻の姉かぶり

厨暗し置きある柚子の見えて来し

たかあしの膳び菓子盛り紅葉

水際なる蘆の一葉も紅葉せり

汝が為の願の絲と誰か知る

なかなかに二百十日の残暑かな

隠家も現はになりし野分かな

衰へし野分に鴉一羽飛び

我命つづく限りの夜長かな

なつかしや花野に生ふる一つ松

好もしき小さき山廬や萩の花

の中小島頻りに渡りけり

秋の海荒るるといふも少しばかり

荷船にも釣る人ありて鯊の潮

吾も亦紅なりとついと出で

秋晴や心ゆるめば曇るべし

高原に立ちはだかりて秋高し

秋風の俄に荒し山の庵

門前の坂に名附けん秋の風

秋風に吹かれ白らめる面かな

大杉に隠れて御堂秋の風

秋雨の荒きは時化の来る知らせ

よろよろと棹がのび来て挟む

大石に這ひ寄りかかる小菊かな

木の実降る音を聞きつつ訪ひにけり

立ち昇る茶碗の湯気の紅葉晴