和歌と俳句

芥川龍之介

川せみの御座と見へたり捨小舟

湯上りの庭下駄軽し夏の月

凌霄や長者のあとのやれ築土

藁屋根に百合の花咲く小家かな

昼顔や甘蔗畑の汐曇り

解いて道光和尚に奉らむ

馬頭初めて見るや宍道の芥子の花

武者窓は簾下して百日紅

ひなげしや夜ごと夜ごとのあけやすき

雲遠し穂麦にまぢる芥子の花

芥子あかしうつむきて食ふシウマイ

わが指の白きを見守れば時鳥

羅帷一重燭一盞や時鳥

金を錬る竃も古りて蚊食鳥

蝙蝠に一つ火くらし羅生門

人妻となりて三とせや衣更へ

や行く方さだめぬ恋なれど

かはたるる靴の白さやほととぎす

明易き夜をまもりけり水脈光り

朝焼くる近江の空やほととぎす

麦刈りし人のつかれや昼の月

蛇女みごもる雨や合歓の花

沢蟹の吐く泡消えて明け易き

初袷なくて寂しき帰省かな

蝙蝠や灯入りの月に人ふたり

青簾裏畠の花を幽にす

時鳥山桑摘めば朝焼くる

向日葵も油ぎりけり午後一時

向日葵の花油ぎる暑さかな

寒天や夕まぐれ来る水のいろ

五月雨や雨の中より海鼠壁

足の裏見えて僧都の昼寝かな

水玉の簪涼しき櫛目かな

草薙げば釣鐘草や時鳥

炎天や行路病者に蠅群るる

行水の捨湯蛙を殺したり

滲み入りて葎に光る清水かな

炎天や逆上の人もの云はぬ

病間のダリアを見るや久米正雄

枕頭やアンナ・カレニナ芥子の花

夕闇にめづる怪体や煽風機

石象の腹暖し夏の月

麦秋や麦にかくるる草苺

牡丹切れば気あり一すぢ空に入る