和歌と俳句

芥川龍之介

曇天に圧されて咲ける牡丹かな

水槽に寒天浮いて夕さりぬ

つけ止んで灯入りの月や蚊食鳥

蟻地獄隠して牡丹花赤き

五月雨や枇杷つぶら見ゆ藪に住む

五月雨に鬼菱せめぐ水の面かな

もどらずよ挽木の反も短夜

うどんげの蝶となる間も明易き

ほととぎす壁にぬりこむ藻のいきれ

蚊帳の目にかがる風景も朝焼けて

水打てば御城下町のにほひかな

暁闇を弾いて蓮の白さかな

天竺に女人あまたや蓮の花

バナナ剥く夏の月夜に皮すてぬ

松風や紅提灯も秋どなり

残る夜や舟に蓮切る水明り

短夜や泰山木の花落つる

大象も花笠したる祭かな

炎天にはたと打つたる根つ木かな

青蛙おのれもペンキぬりたてか

瓦屋根にも毛氈干して御虫干

群れ渡る海豚の声や梅雨の海

黒南風の沖啼き渡る海豚かな

日は天に夏山の木々熔けんとす

炎天や切れても動く蜥蜴の尾

夕立や大銀杏ある城下口

夏山や空は小暗き嵐雲

雲ひくし風呂の窓より瓜の花

白壁や芭蕉玉巻く南京寺

白壁に芭蕉若葉や南京寺

もの言はぬ研師の業や梅雨入空

下駄正しく傍にむざと杜若

宵闇や殺せどもくる灯取虫

赤百合の蕊黒む暑さ極まりぬ

夏山や空はむら立つ嵐雲

夕焼けや霧這ひわたる藺田の水

夏山や松を襲へる嵐雲

江の空や拳程なる夏の山

夏山や幾重かさなる夕明り

夏山や峯も空なる夕明り

飯中の八仙行くや風薫る

青嵐鷺吹き落す水田かな

揚州の夢ばかりなるうすもの

花笠の牡丹にみしれ祭人