和歌と俳句

西東三鬼

餅搗きし父の鼾声家に満つ

麦の芽が光る厚雲割れて直ぐ

わが汽笛一寒燈を呼びて過ぐ

みどり児も北ゆくふゆの夜汽車にて

北国の地表のたうつ樹々の根よ

冬青きからたちの雨学生濡れ

日本海の青風桐の実を鳴らす

黙々北の農婦よ鱈の頭買ふ

雪嶺やマラソン選手一人走る

冷灰の果雪嶺に雪降れり

春暁へ貧しき時計時きざむ

病者起ち冬が汚せる硝子拭く

病者の手窓より出でて春日受く

わらわらと日暮れの病者桜満つ

法隆寺出て苜蓿に苦の鼾

雷の雲生まれし卵直ぐ呑まれ

診療着干せば嘲る麦の風

黄麦や渦巻く胸毛授けられ

梅雨の卵なまあたたかし手醜し

崖下へ帰る夕焼頭より脱ぎ

向日葵を降り来ての黒さ増す

梅雨の坂人なきときは水流る

がつくりと祈る向日葵星曇る

唄きれぎれ裸の雲を照らす

敗戦日の水飲む犬よわれも飲む