和歌と俳句

山口誓子

一隅

廃山家露霜解けて滴れり

竿の先神経凝らしをもぐ

曼珠沙華すがれて花の老舗たり

街道に障子を閉めて紙一重

飛び立つて十字絣の海の

大景の中飛ぶの粉微塵

船過ぎて鴨の円陣あとかたなし

佐鳴湖に下りゐては畝をなす

誰も見ず明石潮路に鴨一羽

これでよし紙を漉きゐし手をとどむ

大峰のそこには雪の紙を干す

餅搗くに忌火屋殿の火をもてす

初神楽太く神慮に叶ひたり

歩かねばならぬ雪野を人歩く

大雪を見に大雪の国へ行く

雪国の医院いぶせき藁囲ひ

かまくらの雪の祠に幣白し

かまくらの雪の部屋にて朱毛氈

かまくらの明一本の燭で足る

雪嶺ははなびら鎌も御在所も

海苔粗朶に立てる赤旗漁夫の旗

渦潮の辺にみづからを破りし船

渦潮に龍骨の残甲板の破

凧天にゐしが子の手に戻りたる

安ものの凧二回転三回転

卒業奏今日は一日長裳裾

無造作に辞儀而うして卒業奏

卒業奏あまたの贈花立ちて聴く

卒業奏弾き終へて身を正しうす

卒業奏余韻収まるまで起たず

この家に福あり巣をつくる

巣燕も覚めゐて四時に竈を焚く

巌避けて巌に落花少なけれ

旋風の形落花の無尽なり

げんげ田に吾脇臥北枕

夕焼と何ある山の彼方には

折りし皮ひとりで開く柏餅

笈摺を置く紫のげんげ田に

げんげ田を見尽くし遍路満願寺

矢車が見ゆ廻転を止めしとき