和歌と俳句

加藤楸邨

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日本にこの生まじめなの顔

憎まるるのみの華麗をやまかがし

百合の終りはおのが重さの終りにて

蛇見るや弱き女の目となりて

雁わたる草根木皮みづみづと

若き日は死も栄えなりき曼珠沙華

ひぐらしを聴かである日は阿修羅かな

秋晴の逃げそこなひし客地獄

わが闇は柿の匂ひの夜の灘

歯をもつてぎんなん割る日本の夜

玄海やデッキに落ちし渡り鳥

月をみてふと大顎のうごきけり

霧冷えの大きな臍を持ちて老ゆ

靴の中に幾万の足秋の暮

騒然として顔のある無月かな

流れ霧のみつるつるの撫で仏

露骨にて死に遠き顔月さがす

酒飲めぬ目にただの野の秋の暮

若し鳴かば妻帰るべしみそさざい

鵯去つて甲斐に消えゆく雨の谿

うれしくてきんかんとなるまで待てず

若き日のちちにははゐて梅もどき

生れきし日のごとし拳雪にひらく

貝の口いつせいに閉づ氷柱落ち