和歌と俳句

加藤楸邨

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かけはしはしぐれて越えぬ亡き顔と

葬り沢しぐるる声を持ちて過ぐ

高速路月と風船ころげ去る

死に近き蟷螂闇をかきむしり

水底の石の刃の冷え夜明前

雪沓を献げて神と雪を待つ

竹の青直下す冬の煙立ち

鮠の背の雪待つ黝さ進みをり

柿啖ふ狢は人に育てられ

「かんじき」と「はつぱき」並べ雪待つ子

吊るされて玻璃透徹の「しぶがらみ」

笹鳴やまたぎて知りし一墓標

元日の虹は氷を出でざりき

春著の子なかなか笑顔できぬかな

息抜けば子の独楽がまづ倒るべし

鶲来て透明な水頭を流る

石が過ぎ夜が過ぎ冬の墓が過ぎ

赤き木瓜揺れをはり我揺れゐたり

おぼろ夜のおぼろに見えて探しもの

いとけなき陽炎のぼる象の尻

を過ぎて過去の黄どつと溢れたり

桃に立ちひとは姙るこのまひる

馬がゐて木の芽の中の肋骨

くすぐつたいぞ円空仏に子猫の手

生れたる猫の子われの膝と逢ふ