蟻どもをあはれあはれと潰しをり
すれちがふ水着少女に樹の匂ひ
妻の背の百合の花粉は告げざりき
につぽんの日暮蝙蝠の耳やさし
寝冷して書きし字なればもう書けず
ががんぼ過ぎすぐに蟻来るひげふりて
邯鄲の細音たどれば潮の音
邯鄲の一つにすがり他は棄つる
たそがれの視野すぼまりて柿一つ
脳中に鋼の論理雁わたる
苦瓜を噛むや満月空を駈け
につぽんの虫鳴く原爆図のそとにて
満月や電話にくくとひとの妻
邯鄲のいただきに生の声落す
楮晒す声の終りの水の音
夕映のさしゐたりけり柿むけば
豆煎ると豆の混沌とどまらず
葱の香がして風邪癒ゆる青畳
初日さすことも劫火の底の底
古手毬待てば湧く唄口の内
妻が待つ継ぐもののなき手毬唄
恋猫が過ぎてあをあを青畳
山繭や底の消えたる地獄谷
おぼろ夜のきりりと鳴りし馬の顎
菜の花に疲れてをればみな昔