七夕は今日貸す琴は何ならで逢ふにのみこそ心ひくらめ
夕間暮あはれこもれる野原かな霧の籬に鶉鳴く也
朝まだき庭も籬も野分して露をきあがる草の葉もなし
秋の夜は窓打つ雨に夢覚めて軒端にまさる袖の玉水
夕さればそ ゝや下葉も安からで露は袂に荻の上風
山田守る素児が鳴子に風触れてたゆむ眠りを驚かす也
時しもあれ寝覚の空に鴫立て秋のあはれをかき集むらん
心こそ雲井はるかにあくがれめ眺めも誘ふ広沢の月
常磐木の茂みを染むる蔦の色のかからざりせば下紅葉やは
秋ぞかし岩田の小野のいはずとも柞が原に紅葉やはせぬ
君が経ん世を九月の今日殊に菊を摘みてぞ年を積むべき
長月の月も在月になりぬれば秋暮れ果つる夕暗の空
山里は梢さびしく散果てて嵐の音も庭の枯葉に
白菊も紫深く成にけり秋と冬とに色や分らん
人目こそ離れも果てなめ山里に日影も見えず 霙降る頃
箸鷹を古きためしに引き据へて跡ある野辺の御幸成けり
宿ごとに絶えぬ朝餉の煙さへ冬の気色はさびしかりけり
雪埋む松を緑に吹返し見せも聞かせも山おろしの風
冬ごもる賤の妻木に事添ひて風も折ける嶺の椎柴
新勅撰集・冬
霜おかぬ 人めもいまは かれはてて まつのとひくる かぜぞかはらぬ