和歌と俳句

若山牧水

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夕寒う かげり来れば 庭杉の 木かげの梅の 花の真しろさ

湯豆腐の 熱きをすすり 夕まぐれ 静けくぞ見る 庭の梅の花を

部屋にゐて 苦しきけふの 深曇 窓に見てをる 桃の木の花を

かき曇り ぬくときけふを 桃の蕾の 赤みふくらみ 咲き出でむとす

乗換の 汽車を待つとて 出でて見つ 熊谷土堤の つぼみ桜を

蟻の虫 這ひありきをり うす紅に つぼみふふめる 桜の幹を

雨ぐもり 重き蕾の 咲くとして あからみなびく 土堤の桜は

枝のさき われよりひくく 垂りさがり 老木桜の つぼみ繁きかも

まひたつと 羽づくろひする 口ごもり 雲雀の声は 草むらに聞ゆ

雨雲の なかにまひのぼり 啼く声の 雲雀ははげし 今宵晴れなむ

をちかたに 澄みて見えたる 鉄橋の 川下うすく 夕づく日させり

渓の音 ちかく澄みゐて 春の夜の 明けやらぬ庭に うぐひすの啼く

部屋にゐて 見やる庭木の 木がくれに 渓おほらかに 流れたるかな

朝あがり しめれる庭に たけひくき 若木の梅の 花散らしたり

真青なる 篠のひろ葉に 風ありて 光りそよげり 梅散るところ

山窪に 伐りのこされし わか杉の 木立真青き 列をつくれり

わが汽車に 追ひあふられて 蝶蝶の 渓間に深く 落つるあはれ