和歌と俳句

若山牧水

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秩父町 出はづれ来れば 機織の 唄ごゑつづく 古りし家並に

春の田の 鋤きかへされて 青水錆 着くとはしつつ 蛙鳴くなり

朝晴の いつかくもりて 天雲の 峰に垂りつつ 蛙鳴くなり

下ばらひ きよらになせし 杉山の 深きをゆけば 鶯の暗く

めづらしき 大樹の馬酔木 山渓の 断崖逆に 咲き枝垂れたり

春あさみ いまだ芽ぐまぬ 遠山の 雑木の林 ひろくもあるかな

春立つと けしきばみたる 裸木の 木の根をあらふ 岩渓の水

桐畑の 桐の木の間に 植ゑられて たけひくき梅の 花ざかりかも

しらじらと 流れてとほき 杉山の 峡の浅瀬に 河鹿なくなり

ところどころ 枯草のこる 春の日の 渓の岩原に 鶺鴒の啼く

渓堰きて 引きたる井手の 清らかに 流れたるかも 春あさき田に

黒黒と おたまじやくしの 群れあそぶ 田尻のみづは 浅き瀬をなせり

蛙鳴く 田なかの道を はせちがふ 自転車の鈴 なりひびくかな

ひとしきり 散りての後を しづもりて うららけきかも 遠き桜は

町なかの 小橋のほとり ひややけき 風ながれゐて さくら散るなり

朝づく日 峰をはなれつ わが歩む 渓間のあを葉 ひとつひとつ光る

飛沫より さらに身かろく とびかひて 鶺鴒はあそぶ 朝の渓間に

渓あひに さしこもりつつ 朝の日の けぶらふところ 藤の花咲けり

荒き瀬の うへに垂りつつ 風になびく 山藤のはなの房長からず