和歌と俳句

若山牧水

15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27

山桜の はな散りすぎて 天城山 春のをはりの いまいかにあらむ

ぬぎすてし 娘が靴に でで蟲の 大きなる居り 朝つゆの庭に

夕立の 雨のさなかを 墨色に 澄みて見えつつ 鳥まひすぎぬ

机なる 柘榴ゆびざし 見飽きなば 賜べよ喰べむと 吾子の言ふなる

ゆくさきざき 嫌はれてゐし わんぱくの ひと日も終り いま眠りたる

野葡萄の もみぢの色の 深けれや 落葉松はまだ 染むとせなくに

兵営の 喇叭は聞ゆ 暁の この静かなる 旅のねざめに

遠山に 初雪は見ゆ 旭川 まちのはづれの やちより見れば

旭川の 野に霧こめて 朝早し 遠山嶺呂に 雪は輝き

こほろぎの なく音はすみぬ 野葡萄の 紅葉の霜は とけ急ぎつつ

時雨るるや 君が門なる 辛夷の木 うす紅葉して 散り急ぐなる

あきあぢの 網こそ見ゆれ 網走の 真黒き海の 沖つ辺の波に

ひとつらに 並び流るるよ 網走の その川口の 真白きごめは

野の末に ほのかに靄ぞ たなびける 石狩川の 流れたるらむ

秋すでに 蕾をもてる 辛夷の木 雪とくるころ 咲くさまはいかに

霜はいま 雫となりて したたりつ 朝日さす紅葉 うつくしきかな

白雪の 積めるがままに 坑木は いま坑内ふかく おろされてゆく