北原白秋

巻きなだりいやつぎつぎに重き層む波の穂冥し海豹の顔

日の遠き北に来にけりこの海やたえて光らぬかぐろき荒波

日の光薄き浜びの板びさし春の鰊は燻し了へにし

夏、夏、夏、露西亜ざかひの黄の蕋の花じやがいもの大ぶりの雨

ぎやをと啼きまた声継がずどしやぶりの実のあかき木に海猫はゐる

鷲ひとつ石のうらべに彫りにけりそなたにあらき虎杖の花

韃靼海西風吹きあげて立つ雨の色まつしろし潮さゐのうへ

日本のいやはての北の小学校水蝋樹蕾みて夏休みらし

ワレライマヤコクキヤウニアリ、むらさきの花じやがいもの盛りに打電す

時化後の海ひたくらし向ひ立つ女の子がふふむほほづきの音

潮のいろ深むを見ればみちのくの金華山沖に今かかるらし

かたむくと見つつ待つまをとどろかず巨き濤凄し騰りきりたる

まなかひに落ち来る濤の後濤の立ちきほひたる峯のゆゆしさ

踊り立ち羽うち巻き立つ波の穂のあひだに徹り青空のいろ

勢ひ立ちただち砕くる波の穂のしぶきが飛ばす潮の珍珠

青海原夕さり来れば壮麗なり夜の高麗丸は灯を列ねたり

とどろと雲噴き騰りあざやかなり汐首岬の青の雑草

津軽の海雲はろばろといにしへや大群のアイヌここ渡りけむ

津軽海峡はや秋ちかし雲の秀を耿として渡る小禽の群あり

つらつらに鴨の泛き来る蒼の波うねり大きく見えにけるかも

和歌と俳句