和歌と俳句

正岡子規

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月更くる 忍が岡に 犬吠えて 櫻の影を 踏む人もなし

市中に 誰が隠れたる 庵ならん 花に門閉ぢて 経を讀む聲

おもかじの 船は南に 進むらん 月は左に なりにけるかな

わが船は 大海原に 入りにけり 舳に近く いるか群れて飛ぶ

柁をたえて 沖にただよふ 船の人の 死ぬとぞ思ふ 念佛高くいふ

夜一夜 荒れし野分の 朝凪ぎて 妹が引き起す 朝顔の垣

野分して 塀倒れたる 裏の家に 若き女の 朝餉する見ゆ

狂ひいでし 手負の猪は 失せにけり 尾花が上に 野分荒れに荒る

中垣の 境のは 散りにけり 隣の娘 きのふとつぎぬ

垣の外に 猫の妻呼ぶ 夜は更けて 上野の森に 月朧なり

折々は 不二の根颪 雪を吹きて 春まだ寒し 武蔵野の原

賤が家の 男衾薄く 夢さめて 檐端の山に 狼の啼く

商人の 往きかふ市の 朝嵐 鷹手に据ゑて 過ぐるもののふ

紅の 大緒につなぐ 鷹匠の 拳をはなれ 鷹飛ばんとす

諸鳥の 嵐にさわぐ 聲絶えて 鷹飛びわたる 不盡の裾山

放ちやる しらふの鷹は 見えなくに 鶴の毛まじり 散る吹雪かな

紫の ゆるしの總を ほだしにて 老い行く鷹の 羽ばたきもせず

岡の邊の 松にや鷹の 下りにけん 鳥ひそみたる 原の草むら

店先を 鷹据ゑて人の 通るらん 鳥屋の鳥の 鳴きさわぐなり

伊豫の國の 石鎚山の あら鷹も 君が御鳥屋に 老いにけるかな