見わたせば もろこしかけて 舟もなし 霞につづく 春の海原
から山の 風すさぶなり 故さとの 隅田の櫻 今か散るらん
たたかひの 跡とぶらへば 家をなみ 道の邊にさく つま梨の花
一枝は から國人に 見せてまし わが日のもとの 花の櫻を
飛ぶ鳥は 霞みけらしな 沖さけて 漕ぎ来る舟の 近づきにけり
舟にして 家し思へば 十重廿重 五百重の霞 こえて来つらし
から山に 春風吹けば 日のもとの 冬の半に 似たる頃哉
ふると見し 鈴鹿の山は はれにけり 日影うら照る 夕立の雲
都べは あつくぞあるらし いねがての 枕に通へ すまの松風
夕立の 今かくるらん すまの浦の 小舟にさわぐ 沖つ白波
夜の戸を ささぬ伏屋の 蚊帳の上に 風吹きわたり 蛍飛ぶなり
うつせみの 人目もまれに わぎもこの 二布吹きまく 沖つ浪風
いくさにぞ 人は死にする から山の 熱きばかリも 我たへなくに
すまの浦に 旅寐しをれば 夏衣 うら吹きかへす 秋の初風
秋風の ふくにつけても 月の入る 山の端いかに こひしかるらん
もしほやく 畑もたえて 須磨の浦に ただすみのぼる 秋の夜の月
見ればただ 尾花風吹く むさしのの 月入る方や 限りなるらん
呉竹に 風吹き入るる 音す也 はつかの月の 今か出づらん
月もなき 夜頃となれば 須磨の浦や 沖邊遙かに 並ぶ漁火
漁火の 数そふ見れば 須磨の浦や うしろの山に 月落ちけらし
青丹よし 奈良の都に 着きにけり 牡鹿鳴てふ 奈良の都に