和歌と俳句

正岡子規

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雨乾く 薄紅梅の 夕日影 又照り返す カナリヤの籠

花いけに いけなんとする 紅梅の あたら莟の 玉をこぼしつ

市中に 小料理店の 庭狭み 柳おしわけて 紅梅の咲く

手習の 草紙干すなる 寺子屋の 庭の紅梅 花咲きにけり

紅梅の 咲ける野茶屋に 茶を乞へば 茶いまだわかず 餅ありといふ

夜を守る 砦の篝 影冴えて 曠野の月に 胡人胡笳を吹く

武蔵野の 冬枯芒 婆婆に化けず 梟に化けて 人に売られけり

酒醒る 夜半のともし火 風吹きて 雁が音低し 雨にやなるらん

官人の 驢馬に鞭うつ 影もなし 金州城外 青青

城中の 千株の杏 花咲きて 関帝廟下 人市をなす

補陀落や 岸うつ波と うたひつつ 柄杓手にして 行くは誰が子ぞ

みまかりし まな子に似たる 子巡礼 汝が父やある 汝が母やある

乞食の子 汝に物問はん 汝が父も乞食か 父の父も乞食か

乞食の子 汝に物問はん 汝が宿は 柳の下か 蒲公英の野か

小鮒取る 童べ去りて 門川の 河骨の花に 目高群れつつ

稲妻の ひらめく背戸の 杉の木に 鳴神堕ちて 雨晴れにけり

宮嶋に とも灯籠の 影落ちて 夕汐みちぬ 舟出さんとす

頭痛する 春の夕の 酔心 そぞろありきして 傾城を見る

頭重く ゆふべの酒の 醒めやらで 傾城と二人 朝櫻見る

漢となり 晋となる世は 夢なりや 桃の林を 牛に乗つて行く