和歌と俳句

正岡子規

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夜をこめて 比枝山颪 音すなり 瀬田の蛍や 吹き盡すらむ

尋ね来し 古きわたりの 柳陰 人無き舟に 蛍飛ぶなり

うすものの 月の團扇に 玉だれの をすの蛍を 打つ人もなし

隅田川 流れを早み さし上る 潮おしもどす 五月雨の頃

五月雨の 流れを早み 上げ汐の あらそひかねて 立戻るらん

岡ぞひの 窪田溢れて 人も馬も 水踏みわたる 五月雨の頃

立ちおほふ 雲のひまより 青空の わづかに見えて 梅雨明けんとす

たまたまに 窓を開けば 五月雨に ぬれても咲ける 薔薇の赤花

五月雨の 川流れこす 燕子花 水隠れて咲く 花もあるらん

萩しげり 棗たわみし 五月雨の 古園行けば 青蛙落つ

五月雨の 片山陰に 只一人 おくれて早苗 とるはやもめか

五月雨は 遠山鳥の しだり尾の 長尾の雫 絶ゆる間もなし

天竺も 震旦も知らず 日の本の 釋迦の産屋の うつくしくこそ

げんげんも つつじも時と 咲きいでて 佛生るる日に逢はんとや

天上天下 唯我獨り 尊しと いひし其子に 産湯あむさむ

筍を 手桶につくり うなゐ子が けふの産湯の 入れ物にしつ

四千歳の 昔をけふの 御佛に 我も産湯を あびせたてまつる

うつくしく つつじの花を 葺きにけり 産湯の桶に 紅の波

佛立つ 産湯の海に 波もなし 屋根のつつじの 花も降る世や

古寺の つつじ見にとて 来し我ぞ 佛生るる 日には逢ひける

ためしなき 佛生るる けふも猶 鳥部の山に 烟立ちけり