伊勢物語・二段 在原業平朝臣
起きもせずねもせで夜をあかしては 春の物とてながめくらしつ
敏行朝臣
つれづれのながめにまさる涙川 袖のみぬれてあふよしもなし
業平朝臣
浅みこそ袖はひつらめ 涙河 身さへ流ると聞かばたのまむ
よみ人しらず
よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ 心は君が影となりにき
よみ人しらず
いたづらに行きてはきぬるものゆゑに 見まくほしさにいざなはれつつ
よみ人しらず
あはぬ夜のふる白雪とつもりなば 我さへともに消ぬべきものを
業平朝臣
秋の野に笹わけし朝の袖よりも あはでこし夜ぞひちまさりける
小野小町
見るめなきわが身をうらと知らねばや かれなてあまの足たゆくくる
源宗于朝臣
あはずしてこよひあけなば 春の日の長くや人をつらしと思はむ
壬生忠岑
有明のつれなく見えし別れより 暁ばかりうきものはなし
在原元方
逢ふ事の渚にし寄る浪なれば うらみてのみぞたちかえりける
よみ人しらず
かねてより風にさきたつ浪なれや あふことなきにまだき立つらむ
忠岑
みちのくにありといふなる名取川 なき名とりてはくるしかりけり
みはるのありすけ
あやなくてまだきなき名のたつた川 わたらでやまむものならなくに
元方
人はいさ 我はなき名の惜しければ 昔も今も知らずとをいはむ
よみ人しらず
こりずまに又もなき名はたちぬべし 人にくからぬ世にしすまへば
伊勢物語・五段 業平朝臣
人しれぬわが通ひ路の関守は よひよひごとにうちも寝ななむ
貫之
しのぶれど恋しき時は あしひきの山より月の いでてこそくれ
よみ人しらず
こひこひてまれにこよひぞあふ坂の ゆふつけ鳥はなかずもあらなむ
小野小町
秋の夜も名のみなりけり あふといへば事ぞともなく明けぬるものを