和歌と俳句

種田山頭火

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ふるさとを去るけさの髯を剃る

旅から旅へ山山の雪

ここからは筑紫路の枯草山

うしろすがたのしぐれてゆくか

しぐれて反橋二つ渡る

右近の橘の実のしぐるるや

大樟も私も犬もしぐれつつ

街は師走の売りたい鯉を泳がせて

師走のゆききの知らない顔ばかり

しぐれて犬はからだ舐めてゐる

越えてゆく山また山は冬の山

枯草に寝ころぶやからだ一つ

水音の、新年が来た

松のお寺のしぐれとなつて

遠く近く波音のしぐれてゐる

木の葉の笠に音たてて

鉄鉢の中へも霰

けふはにたたかれて

山寺の山柿のうれたまま

いつまで旅するの爪をきる

朝凪の島を二つおく

ふりかへる領巾振山はしぐれてゐる

冬曇の大釜の罅

すつかり剥げて布袋は笑ひつづけてゐる

冬雨石階をのぼるサンタマリヤ

もう転ぶまい道のたんぽぽ

ふるさとの山なみ見える雪ふる

雪の法衣の重うなる

土手草萌えて鼠も行つたり来たりする

春が来た法衣を洗ふ

湯壷から桜ふくらんだ

ゆつくり湯に浸り沈丁花

ふるさとは遠くして木の芽

サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る

物乞ふとシクラメンのうつくしいこと

すみれたんぽぽさいてくれた

さくらが咲いて旅人である

草餅のふるさとの香をいただく

休み石、それをめぐつて草萌える

よい湯からよい月へ出た

はや芽吹く樹で啼いてゐる

笠へぽつとり椿だつた

明日はひらかう桜もある宿です

春夜のふとんから大きな足だ

ここまでは道路が出来た桃の花

お地蔵さんもあたたかい涎かけ

汽車が通ればつむ手をいつせいにあげ

何やら咲いてゐる春のかたすみに

がもう売られてゐる

学校も役場もお寺もさいたさいた

しづかな道となりどくだみの芽

朝からの騒音へ長い橋かかる

遍路さみしくさくらさいて

春雨の放送塔が高い

移りきて無花果も芽ぶいてきた

枝をさしのべて葉ざくら