和歌と俳句

水原秋櫻子

移り鳴く筒鳥とほし蚕のねむり

合掌建古りぬ老いたる桑茂り

藤暮るる谿や蒼茫と四十年

焼岳の霧に獅子独活立ちなびく

雪渓や信濃の山河夜に沈み

雪渓に下りてまたたく星おほし

眠るとき麓雪満つ天の川

黒百合や星帰りたる高き空

七月の碧落にほふ日の出前

暁紅に外れて夏逝く槍ケ岳

片虹を飛騨に見下ろす峰の神

朝の蝉富士のくれなゐ褪せゆけり

波立てて霧来る湖や女郎花

野萩咲き林道直ぐに遙かなり

龍膽や雲とまぎるる関の址

咲けり雨降り飽きて澄める日に

の香にむせぶ佛の野に立てり

木の実降り鵯鳴き天平観世音

飛び日は暈着たり石舞台

猿酒にさも似し酒を醸しけむ

唐辛子干して道塞く飛鳥びと

うまし国大和の秋に鬼の跡

石の名の残る虫より哀れなる

隅田川見て刻待てり年わすれ

顔見世の連弾冴ゆる月冴ゆる

顔見世や櫓の月も十五日