和歌と俳句

加藤楸邨

7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

寒雀露路の日曜兵一人

行軍兵冬日に背きゆくばかり

ものおもへば風邪の子の瞳が我を追ふ

食へば誰もひとりの無言あり

短日やわれらおのおのの悔を持ち

オリオンの下凍靴の日が了る

冬帽を脱ぐや蒼茫たる夜空

鳴らしみるつひにひとりの凍靴を

大学のさびしさ冬木のみならず

出征兵犇犇と来り冬木を瞶る

冬帽に手をかけて聴くは機銃音

冬帽をかぶるや深き瞳となりぬ

脚冷えて靴をひそかにうち鳴らす

壕の羽搏つや人を忘れゐず

わが凭りし冬木戦車の音となる

ふりかぶる一本の木の

冬の霧言触れず来て灯りぬ

戦報絶え日日の冬木と青空のみ

卒然と没日をあびぬ冬木の中

没日消え冬木の高さのみとなる

佇めば寒木のごとし風の中

寒雷やぴりりぴりりと深夜の玻璃

寒雷の下真闇なり犇と瞶る

寒雷や踰えがたきもの厳とあり