夜桜の瓦斯燈の蔭に見しは犬
東武線ねむたき花をとどろかす
花更けぬ波の明暗胸に翳し
花淡く我が長身の影うまる
夜の桜四辺に黒き松ねむる
夜の桜うしろに暗き崖懸る
鴉見し屋根に遅日の時計鳴りぬ
熱風裡子を叱したり悔いやまず
真夜の雷吾子と坐りゐて聴きにける
兜虫障子のぼりつめ月出でたり
子の反抗泣きつつ蝉を手に放たず
プラタナスいつも朝焼そこに立つ
朝焼の風の中なる一樹鳴り
蝉とりの吾子に叱られ書をとざす
梅雨の漏飯食ふひまも子が騒ぐ
梅雨の漏防ぐバケツもまた漏りぬ
巣立鳥ひねもす雲のいらだてる
炎夏の扉街へひらきしが用あらず
炎夏の扉たち眩む目に聳えたり
炎夏の街英霊車過ぎ音もなし
覚めてすぐ戦争を思ふ鼻の汗
兵の顔あはれ稚し汗拭くなど
傷兵の隻手汗拭ふ黒眼鏡
傷兵に街はことなし病葉など
戦車隊午睡の四階撼りさます