和歌と俳句

加藤楸邨

7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

夜桜の瓦斯燈の蔭に見しは犬

東武線ねむたきをとどろかす

花更けぬ波の明暗胸に翳し

淡く我が長身の影うまる

夜の桜四辺に黒き松ねむる

夜の桜うしろに暗き崖懸る

鴉見し屋根に遅日の時計鳴りぬ

熱風裡子を叱したり悔いやまず

真夜の吾子と坐りゐて聴きにける

兜虫障子のぼりつめ月出でたり

子の反抗泣きつつを手に放たず

プラタナスいつも朝焼そこに立つ

朝焼の風の中なる一樹鳴り

蝉とりの吾子に叱られ書をとざす

梅雨の漏飯食ふひまも子が騒ぐ

梅雨の漏防ぐバケツもまた漏りぬ

巣立鳥ひねもす雲のいらだてる

炎夏の扉街へひらきしが用あらず

炎夏の扉たち眩む目に聳えたり

炎夏の街英霊車過ぎ音もなし

覚めてすぐ戦争を思ふ鼻の

兵の顔あはれ稚し汗拭くなど

傷兵の隻手汗拭ふ黒眼鏡

傷兵に街はことなし病葉など

戦車隊午睡の四階撼りさます