和歌と俳句

加藤楸邨

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短かかりし夕焼を思ひ暖炉去る

坂くだる寒き夕焼に腕を振り

学問の黄昏さむく物を言はず

天の川かくて饒舌の世にあらず

稲妻をひりかぶりゆきし人の眉宇

この夜冴え銀漢を見しが相別る

凍道やむかし防人に歌ありき

秋の天目もて追ふべき雲むなし

糸瓜忌や子規全集に恋あらず

蝿叩鬱鬱としてわが端坐

五月富士屡屡のいろかはる

萱の芽を見たり地獄の鳴るほとり

元日や枯野のごとく街ねむる

子を呼べり冬雲の下に一日ゐし

橋渡る遠き時雨の海ひかり

相見ざる人居て冬木暮れきらず

風邪の床一本の冬木目を去らず

寒雀露路の旭がはづみ出づ

図書館の薄暮マスクの顔険し

顔顔の中冬木ありてうち揺られ

タンク過ぎ鼻悴みし我かへる

の大路猫燦爛と走りをはる

風邪三日つくづくと手を見ることあり

臥して見る青芝海がもりあがる

青き踏む左右の手左右の子にあたへ

子の号泣一本の芽ぐむ木にすがり