和歌と俳句

夏目漱石

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家を出て師走の雨に合羽哉

何をつつき鴉あつまる冬の畠

降りやんで蜜柑まだらに雪の舟

このの喞つべき世をいぶるかな

温泉の門に師走の熟柿かな

温泉の山や蜜柑の山の南側

天草の後ろに寒き入日かな

日に映ずほうけし薄枯ながら

旅にして申訳なく暮るる年

の沖へとあるる筑紫潟

うき除夜を壁に向へば影法師

乾鮭のからついてゐる柱かな

兀として鳥居立ちけり冬木立

灰色の空低れかかる枯野

無提灯で枯野を通る

石標や残る一株の枯芒

枯芒北に向つて靡きけり

遠く見る枯野の中の烟かな

暗がりに雑巾を踏む

冬ざれや狢をつるす軒の下

や岩に取りつく羅漢路

巌窟の羅漢どもこそ寒からめ

釣鐘に雲氷るべく山高し

の鐘楼危ふし巌の角

梯して上る大磐石のかな

巌頭に本堂くらき かな

絶壁に木枯あたるひびきかな

雛僧のただ風呂吹と答へけり

かしこしや未来を霜の笹結び

二世かけて結ぶちぎりや雪の笹

短かくて毛布つぎ足す蒲団かな

泊り合す旅商人の寒がるよ

寐まらんとつれど衾の薄くして

頭巾着たる猟師に逢ひぬ谷深み

谷深み杉を流すや冬の川

冬木流す人は猿の如くなり

帽頭や思ひがけなき岩の雪

石の山凩に吹かれ裸なり

のまがりくねつて響きけり

凩の吹くべき松も生えざりき

年々や凩吹て尖る山

凩の峰は剣の如くなり

恐ろしき岩の色なり玉霰

ただ寒し天狭くして水青く

目ともいはず口ともいはず吹雪哉

ばりばりと氷踏みけり谷の道

道端や氷つきたる高箒

たまさかに据風呂焚くや冬の雨

せぐくまる蒲団の中や夜もすがら

薄蒲団なえし毛脛を擦りけり